xii) 多文化共創と安心の居場所

Co-creation & Co-working

人権に根差す共創・協働の「安心の居場所」②

人口減少下における企業の海外展開と外国人材の育成

東海大学 万城目正雄

「国際人流」2020年5月号より

はじめに

深刻な少子化・高齢化、グローバル経済、AI(人工知能)に代表されるデジタル経済の進展など、日本の経済・社会の構造が大きく変化しようとしている。構造変化の波が押し寄せる中、これからの日本が持続的に成長していくために、社会や企業にはどのような取り組みが求められるのだろうか。
「共創・協働」(Co-creation & Co-working)をテーマとする本連載の中で、今回は、「人口減少」と「企業活動のグローバル化」を軸として、その現状を確認しながら、「アジアとの共創・協働」を通じて、アジアの活力を、自社に取り込み成長しようとする中小企業の取り組みを交え検討してみよう。

 人口減少下における「グローバル化」

日本は少子高齢化を伴う人口減少社会に直面している。厚生労働省の「人口動態調査」によると、1970年代の前半には年間200万人を超えていた日本の出生数は、間もなく90万人を下回ろうとしている。その一方で、総務省統計局の「人口推計」(2019年10月現在)によると、総人口に占める65歳以上人口の割合は28.4%(約3.5人に1人)に達している。少子高齢化の進展の結果、日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年を頂点に減少に転じている。今後の日本の人口の見通しについて、国立社会保障・人口問題研究所の「将来人口推計(中位推計)」は、2015年からの50年間で、総人口は約3分の2の規模に、生産年齢人口は4割以上減少すると試算している。(図1参照)。

図1 日本の総人口の推移と将来人口推計(単位:万人)
(注1)2015年以降は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」出生中位(死亡中位)推計値である。
(注2)2014年以前は、国立社会保障・人口問題研究所「2016年版人口統計資料集」表2-5による。なお、統計は各年10月1日現在。1970年までは沖縄県を含まない。
出所:国立社会保障・人口問題研究所「2016年版人口統計資料集」および同「日本の将来推計人口(平成29年推計)」より作成

人口減少に伴い、日本の国内需要が縮小することが見込まれる中、日本企業は、海外に子会社・関連会社を持ち、生産活動・販売活動を通じて、「海外で稼ぐ力」を拡大させている。その1つの方向に企業活動の「グローバル化」を通じた「アジアとの共創・協働」があるといえよう。特にアジア新興国は、著しい経済成長の過程で中間層が拡大しており、安価な人件費・生産コストを目的とした生産拠点としての機能だけでなく、マーケットとしての魅力が高まっている。

2 企業の海外進出の成功の「鍵」を握る人材育成

海外ビジネスは、企業に利益とチャンスをもたらす一方、様々な課題やリスクにも直面することとなる。

2018年度のJETROによる「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、調査対象の約半数の企業が、海外ビジネスの課題に、「海外ビジネスを担う人材」をあげている。海外ビジネスにおける企業の課題が、「海外の制度情報」、「現地市場に関する情報」といった情報の不足から人材の確保・育成へと変化している様子がうかがえる。
海外ビジネスを担う人材の不足は、経営資源が乏しい中小企業において、より顕著な課題となる。独立行政法人中小企業整備基盤機構の「平成28年度中小企業海外事業活動実態調査報告書(平成29年3月)」は、アンケート調査により、中小企業が海外拠点を運営する上で直面している課題を明らかにしている。その結果をみると、①海外事業を推進できる人材の確保、育成、②現地顧客の開拓、③現地従業員の確保・定着、④現地従業員の賃金上昇、⑤生産コスト低減(原材料・部品等費用、原価低減対策)が上位にあげられ、中小企業の海外展開には、人材の確保・育成が優先課題になっていることがわかる。

それでは、海外への展開に不可欠な人材の問題を解決するために、日本企業は、どのような取り組みを行っているのだろうか。例えば、外国人留学生の採用を拡大させるほか、日本人従業員の海外研修や海外赴任など、特に若手従業員の教育に力を注いでいるが、これらの対策と並んで、アジアの海外拠点のスタッフを日本に招聘して実習を行うことが行われている。
実際に、海外の生産拠点として、新規に工場を設立したり、新しい生産設備を稼働させる際、あるいは、稼働した生産拠点の運営の円滑化を図るために、幹部社員、生産現場のリーダーなどを育成する手段として、多くの日本企業が技能実習制度を活用している。

それでは、企業の海外展開の成功の鍵を握る人材育成の手段として活用される技能実習生の受入れとは、どのような制度なのだろうか。

3 技能実習生受入れの状況

技能実習生は、出入国管理及び難民認定法が規定する在留資格「技能実習」をもって、日本に入国・在留する外国人である。技能実習は、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に貢献することを目的としている。最長5年間の期間において、技能実習生と企業が雇用契約を結び、日本企業の生産現場等で就労しながら、実習(インターンシップ)を行い、実習計画に基づき、技能等を修得(1年目:技能実習1号)・習熟(2年・3年目:技能実習2号)・熟達(4・5年目:技能実習3号)する制度である。

厚生労働省の「『外国人雇用状況』の届出状況」(毎年10月末現在)によると、2019年の技能実習生数は38万3,978人。15年からの5年間で、2.3倍というペースで受入れが増加している。在留資格別でみると、技能実習生は日本の外国人労働者総数の23.1%を占めている。日本の外国人労働者のほぼ4人に1人は技能実習生となっている(図2参照)。

図2 日本における外国人労働者(1,658,804人)の在留資格別内訳(2019年)
出所:厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況(平成31年10月末現在)

技能実習生の国籍別内訳は、ベトナムが50.5%と最も多い。技能実習生のほぼ2人に1人はベトナム人である。次いで、中国22.7%、フィリピン9.1%、インドネシア8.5%が続いている。職種別(技能実習2号移行者)では、機械・金属関係、食品製造関係、建設関係が、受入れの多い分野ベスト3となっている。

技能実習生の受入れには、①海外の子会社等の従業員を受け入れる「企業単独型技能実習」と②商工会や事業協同組合等の営利を目的としない監理団体が実習生を受け入れ、当該団体傘下の中小企業等(実習実施者)で実習を行う「団体監理型技能実習」による方法がある。

法務省出入国在留管理庁の「出入国管理統計」によると、18年に新規に日本に入国した技能実習生14万4,195人のうち、94%に当たる13万7,973人が団体監理型となっている。人口減少下において、国内における外国人材活用の面から、中小企業や農家における団体監理型の技能実習生による生産活動への貢献がクローズアップされることが多い。しかし、その一方で、日本企業が海外に子会社・関連会社を持ち、生産活動・販売活動をグローバルに展開する中、海外拠点を運営する際に課題となる人材の育成・確保の解決策として企業単独型技能実習を上手に活用する事例も多数あり、14年から18年をみると、毎年約6,000人を超えるアジア諸国の外国人材が企業単独型技能実習のために来日している。

4 企業単独型技能実習の活用事例

(1)会社概要

企業単独型技能実習を活用し、フィリピンの生産拠点の従業員を技能実習生として受け入れる企業に土屋工業株式会社(東京都千代田区)がある。1958年に創業した同社は、印刷物と金型成型技術製品の企画から製造までを行う従業員約80人、国内グループをあわせる約160人の企業である。特殊印刷技法や成型技術を用いて、大手メーカー等に自動車やバイク等のグラフィックテープ(ステッカー)、大手飲料メーカーの自動販売機向けのフィルム等の製品を生産・納品している。また、信頼性が求められる官公需要へも対応し、偽造防止加工特殊印刷を用いて、中央官庁や独立行政法人等との取引実績も有する。

土屋工業株式会社 人事部 西本典子 部長

東京都府中市に生産工場、静岡県、群馬県、山梨県に国内営業所を設け、海外には、フィリピンに自社工場を設立しているほか、タイにも営業拠点を持つ。パキスタン、台湾の企業との間で、業務提携・技術提携を行うなど、グローバルビジネスも展開している。

(2)フィリピンの生産拠点からの技能実習生の受入れ

技能実習生は、同社の生産拠点として力を入れているフィリピンの自社工場の従業員から受け入れている。同社のフィリピンへの進出は、約30年の歴史を有する。1991年にフィリピンに自社工場を設立し、現地生産を開始。2017年にはグループ会社である土屋製造株式会社もフィリピンに自社工場を開設し、現地生産した製品の日本への輸出のみならず、フィリピン国内の需要にも対応した生産も行っている。

2010年からの約10年間で、フィリピンの生産拠点から延べ10人の従業員を技能実習生として受け入れた。技能実習の目的は、いうまでもなく、同社の府中工場の技術をフィリピンの生産拠点に移転することにある。同社の西本美子人事部長は、「高度な印刷技術ほど機械化が進んでいると思われがちだが、インクの色の調整や色付けといった最終的な製品の仕上げは、職人による熟練の技が不可欠となる。色ムラや擦れがない同じ品質の製品を、複数枚にわたって印刷する技術は、いくら言葉で伝えても、伝えきれるものではない」と指摘する。日本の職人技をフィリピンに伝えるためには、費用をかけてでも、フィリピンの従業員を日本の工場に招聘し、直接、技術指導を行う必要があるというのである。

直近では、2019年9月から半年間にわたって、2人の技能実習生を受け入れた(うち1人は身内の不幸があったため5か月で帰国)。計画を半年間に期間を限定した理由は、長期間だとホームシックにならないかを心配したことに加え、2017年11月に「技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)が施行されたため、新しいルールに対応するための決断であったという。2人の技能実習生は、フィリピンの生産拠点で10年程度のキャリアを積んだ30代半ばの男性であったという。

技術指導に当たって、フィリピン人は英語でのコミュニケーションが可能なため、生産現場の職人は、簡単な英語を交えながら意思を伝えていたという。専門用語については、国際人材協力機構(JITCO)が発行する「外国人技能実習生のための専門用語対訳集」を開いて、指し示しながら、確認していたという。ポケットサイズの同対訳集は、作業着のポケットに入れて持ち歩くことが可能なため、作業現場の必需品になっていたという。専門用語さえ通じれば、国籍は異なっても、同じ職種の職人同士なので、作業を行うときの意思疎通に困難はなかったということであった。

生活指導に当たっては、入国直後に行った座学の講習において、法令が規定する生活指導、法的保護、技術知識、生活一般に関してカリキュラムを作成して基礎的なことを教育したという。カリキュラムには、診療所による健康診断・安全指導・健康教育、年末調整や税金の説明、買い物の仕方も説明するほか、アイスブレークとして、折り紙の時間を設けたり、近所の神社のイベントに参加するなど、期間が短いながらも、日本の文化が体験できるような工夫も行ったという。日曜日には西本部長が技能実習生を連れて、東京・四谷のイグナチオ教会における英語によるミサに参加した。府中工場から四谷まで移動する際、電車やバスの乗り方から買い物の仕方を教える機会にもしたという。その他、日常で困ったことがあった場合は、同社に勤務するフィリピン人(日本人の配偶者)が支援する体制を整え、受入れを行ったという。

技能実習生の受入れに当たって、府中工場の敷地に隣接する2階建ての一戸建てを会社で借り上げ、そこを寮として用意した。月給は16万2500円(残業はほとんどなし)。そこから年金、雇用保険、労災保険、所得税等に加え、寮費と水道光熱費、1食500円のお昼のお弁当代(発注した分)の半額が控除され、手取りは月に10万円程度であったという。

技能実習修了証

(3)更なる展開に向けて

技能実習の期間を修了して帰国する際には、技能実習生に対して、同社社長から技能実習修了証、同社工場長から技能評価認定書を発行している。帰国後、フィリピンの生産拠点に戻り、活躍を期待して、本人がやる気を高めてほしいという想いを込めて用意しているという。

技能評価認定書

このような取り組みを積み重ねた結果、過去10年に受け入れた延べ10人の実習生(帰国後間もない2人を含む)は、ほぼ全員が同社のフィリピンの生産拠点で活躍しているという。

具体的には、工場のリーダー職に就き、ローカルスタッフに指導する立場に立って、日本で修得した技能を存分に発揮している者や営業の現場で日系企業を担当して活躍している者が多数いるという。フィリピンの生産やビジネスを担う人材として活躍している。

数年前までは、地方のある高校と協力し、東京で就職を希望する高校生を工員として積極的に採用・育成してきたが、最近では、地方の高校生の地元志向が強くなり、東京で働きたいという若者がほとんど見受けられない状況になっているという。
こうした状況を受け、これからの日本の工場は高級品と研究開発を中心とした体制にシフトさせ、製品の生産は可能な限り、フィリピンに移管する方向に舵を切っていく方針にあるという。まさに、少子高齢化の進展が企業の海外展開を加速させている。したがって、引き続き、日本の工場が有する技術をフィリピンに伝えるため、技能実習生の受入れを継続していきたいと考えているという。

できるだけ早期に次の技能実習生を受け入れたいと希望しているが、新型コロナウイルスの感染は、フィリピンでも拡大しているため、現地の生産拠点の操業にも影響を与えている。そのため、時期は未定であるが、射出成型の部門で合計3年間の技能実習生の受入れを計画している。フィリピンに生産を移管していくに当たり、印刷と射出成型など、多能工を養成していきたいという希望があるため、技能実習制度においても、多能工の育成に対応した柔軟な技能実習計画が作成できるように要望したいということであった。

おわりに

少子化・高齢化を伴う人口減少に直面する日本で、日本企業が海外進出を通じて、アジアの人々と共に発展する「共創・協働」の取組が進められている。経済発展を背景に優秀な人材と中間層が拡大するアジア新興国の活力を取り込み、アジアの人々との「共創・協働」を通じて、新たな価値を創造し、社会の発展へと結びつける努力が広がっていくことを期待したい。

Profile
万城目正雄
 
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程准教授
著書に『インタラクティブゼミナール新しい多文化社会論 共に拓く共創・協働の時代』(編著、東海大学出版部、2020年)、『移民・外国人と日本社会-人口学ライブラリー18』(共著、原書房、2019年)など

出典:2020年5月号
『国際人流』公益財団法人入管協会

https://www.nyukan-kyokai.or.jp/publics/index/18/

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Co-Creation & Co-Working
人権に根ざす共創・協働の「安心の居場所」

川村千鶴子

「国際人流」2020年4月号

増加する外国人労働者と日本社会が築く社会はどのようなものになるのでしょうか。外国人材の受入れを巡りさまざまな意見がありますが、各地の成功例には、地域特性を活かし、長期的な展望に立った改善点を見出すことができます。当事者の視点や希望にも寄り添って、交流と議論の流れから示唆的な事例をお伝えしたいと思います。

Co-Creation & Co-Working

30年後の日本を展望してみよう。厚生労働省の調べによると、日本国内の労働力人口の推移は2000年から30年間で約586万人の減少が見込まれている。日本企業は、労働力人口減少の課題を深刻に受け止め、人権に根ざす外国人材のあたたかい受け入れと適切な支援を強化していかねばならない。
2020年2月14日、文化庁文化審議会の小委員会は、新しい国家資格「公認日本語教師(仮称)」を創設する報告書案の大枠を了承した。この国家資格創設によって、日本語教師の専門性を高め、雇用の安定や人材確保を図る狙いだ。2020年度以降の関連法成立を目指す(毎日新聞2020年2月15日)ことになった。

(2020年 都心でも道路工事などで技能実習生が活躍している)

日本における技能実習生の数は、42万4,392人(2018年)と増加している。筆者は、都心で道路工事に活躍しているインドネシア人技能実習生たちと毎日出会っている。彼らの日本語力は、将来の夢を語るほど優れていた。年齢が若く、技術を習得する仕事に従事できる職場環境が、技術だけでなく日本語能力をも伸ばしている。現場監督は、技能実習生の勤勉さと信頼関係を語ってくれた。最近の浜松市の外国人住民アンケート調査からも、定住者よりも若年の技能実習生のほうが日本語力の習得が早いことが実証されている。越境を果たした人のコミュニケーション能力は、未来志向の生活態度とも比例している。

Co-Creation & Co-Working
人権に根ざす共創・協働の
「安心の居場所」について

連載の目的は、Co-Creation & Co-Workingの現場を映し出し、実証的に人権に根ざす共創・協働が拓く日本の未来を展望することにある。
団体監理型による技能実習生の受入れにより、成長するアジアの活力・意欲を取り込み、企業の内面からグローバル化を図って発展し、人権に根ざした信頼の輪を広げる成功事例の秘訣を理解することは意義深いからである。
学びと共創価値の蓄積が、入管法改正のより深い理解と課題発見に繋がる。帰国した外国人が、自信を深め日本での貴重な体験を語り継ぎ、意欲を燃やすとき、現地での協力はさらなる相乗効果をもたらすと期待される。
単に労働力の枯渇を埋めるためではない。“ともに働く”経営理念をもち、相互の生活の質を高め、幸福度の高いグローバル社会の構築に資することが、本連載の主旨である。本連載が、日本の各地で、人権に根ざした未来を展望する対話の呼び水になれば幸いである。

基本的なビジョンとアプローチの重要性

社会統合とは何か、日本人と外国人という二項対立を超えて、多様化している日本人の存在も視野に入れ、外国人材とともに日本社会の双方にとって互恵的な職場の在り方、医療・社会保障・教育・職業訓練についても議論する。目指すのはグッドプラクティスの成功の秘訣を明晰化し将来への道を拓くことにある。
本連載の特徴は、外国人材を単に保護し管理する存在としてとらえるのではなく、外国人も自律し、主体的に社会参加する存在として捉える点にある。そして、多文化共創によって日本社会の課題を発見内省し、解決の道を拓く気概と視座を大切にしている。

技能実習生や特定技能外国人として働く外国人たちは、日本でどのようにして技術を身に付け、生活習慣や地域のルールを覚えて新しい暮らしに馴染んでいったのか。各地の成功例にはどんな秘訣があったのか。共創・協働の時代を拓く秘訣は、地域特性や環境整備、地理的・社会的条件、受け入れ側企業と送出国の期待と努力に隠されているかもしれない。

青年期の海外体験の記憶を呼び起こしてみよう!

筆者の海外初体験は、1967年大学3年20歳の時だった。グレイハウンドバスで、サンフランシスコ から3泊4日揺られてオハイオ州立大学に辿り着い た。14階建ての4人一部屋の女子寮に荷物を入れて、最初のフロアミーティングがあった。フロア リーダーが、同じ階にいる全盲で黒人の奨学生 キャロリンを紹介した「。だれか毎朝、彼女の履修クラスへの付き添い役をしてくれませんか?」という問いかけに視線が合って“喜んで”とOKした。右も左も分からない着いたばかりの留学生が、学生寮で唯一の全盲黒人の奨学生を安全に教室まで送り届け、その後で自分のクラスに出席することに なった。一緒に歩いてみると広大なキャンパスは、危険がいっぱいで決してバリアフリーではないことに気づく。
キャロリンは、未知の世界“JAPAN”に強い関心を示して会話が弾んだ。私もウーマンリブや公民 権運動やベトナム反戦に関心をもってインタラクティブな関係性が生まれた。偶発的な出会いは、コミュニケーション能力を伸ばす。英語力習得はキャロリンの質問攻めのお陰と言って過言でない。友達も増え、毎週末に裕福な家庭のホームステイの歓待を受けた。マーケティングの授業に慣れて、自律心と信頼関係が培われていった。2ヵ月ほどしてキャロリンからデイトンの実家に招かれた。躊躇なく行ってみると、その町は道路に子ども達があふれ、貧しい黒人オンリーの居住区でまるで別世界だった。人種差別と分断されたアメリカの格差社 会をもろに肌で感じた。大工さんの両親に歓迎され居間に入って驚いたことは、キャロリンのお兄さんも全盲だった「。僕のピアノを聴いて欲しい」と勤 務するバーに連れていってくれた。素晴らしいピアノ演奏から得る収入が一家を支えていたのだ。
ボランティア体験は、コミュニケーション能力だけでなく、多くの気づきがあり世界を複眼的に考察する姿勢と勇気が得られる。オハイオは、第二の故郷になり、以来、世界のどこにいてもボランティアはライフワークとなった。
かつてオハイオから発信されたThink globally, act locally. Think locally, act globally.の標語は、留学生にも技能実習生にも日本の中小企業の経 営者にも示唆的である。留学生・技能実習生・特 定技能外国人・難民の方々・障がい者の方々も 単に支援される存在ではなく、地域の構成員とし て自発的社会参加し、世界とつながる地域社会 の構築に寄与してこそ未来を拓くことができる。

多文化共創の日本語学校のカリキュラム
~CBL(Community Based Learning)の試み~

これまで私はCB L(Community Based Learning)による地域貢献が、孤立を防ぎ、自立に役立ち「、安心の居場所」を共創することを実証してきた。PBL(プロジェクト型学習)に加え、地域との連携を重視するCBL(Community Based Learning)によって持続可能な多文化社会への貢献が可能となっている事例を紹介しよう。

読み手は左から台湾、イタリア、アメリカ出身の学生3人CBL活動~地域の公立図書館での読み聞かせの様子。地域社会との協働体験は、留学生と日本人双方の新たな気づきの機会となっている。写真提供:カイ日本語スクール         

30年以上の歴史をもつカイ日本語スクールでは、世界40ヵ国以上の学生が在籍している。メディアの発達により日本アニメを世界中で見ることができ、アニメやドラマを何度も視聴して日本語を覚えた学生たちも多い。デジタルネイティブ世代の彼らは、日本留学で何を獲得するのだろう。
「体験学習」は継続的かつ濃密なコミュニケーションへの対峙が求められ、言語だけでなくマナーや文化的な違いにも直面する。地域との協働CBL(Community Based Learning)に取り組んだ学生たちは、複数の活動候補から絵本の読み聞かせ活動を選んだ。図書館を訪れる幼児、児童を対象に、留学生の母語と日本語で読み聞かせを行うものだ。読み聞かせと企画や図書館との打ち合わせに比重を置き、約10週間(1学期)かけて留学生が主体となって行う。協働を通して、社会人としての振る舞いを学び、地域貢献という目標を協働相手と共有し、地域の構成員としての自覚と自己肯定感を得ている。
山本弘子校長は、「CBL活動を通して、丁寧な日本語コミュニケーションの自己観察と、その結果を客観的に振り返る技術を身につけることが、多文化共創社会に向けてわれわれ日本語教育の現場がやるべきことだ」と語る。CBLをカリキュラムの一環に組み込むためには、4団体の協働相手が必要で、苦労もあるが、担当者の理解によって学校や教師のコーディネートスキルを高める機会 となった。日本語教育人材(=教師)に求める能力として「社会とつながる力を育てる技能」を取り上げ、「教室内外の関係者と学習者をつなぎ、学習者の社会参加を促進するための教室活動をデザインすることができる」と説明し、「日本語教育コーディネーター」という役割を明示している。学生にとっても、CBLの経験が就職先の決定といった結果に繋がっている。日本は、外国人を受け入れる決意をした以上、国や地域社会も日本語教育に目を向け、共創と協働の実践が未来を拓くと校長は確信する。

技能実習生の地域貢献による自立

技能実習生が増加する宮城県でも、地域で孤立する状況を改善するために地域社会とのつながりを重視し、さまざまな取り組みを実施して成功している。石巻・仙台・気仙沼・塩釜などでは積極的な交流活動が行われている(河北新報電子版2018 年1月31日)。
労働基準法などを遵守し実習生を適正に受け入れて、地域社会と実習生の安定した関係づくりを望む企業が存在し、また、技能実習生自身も日本語や日本文化への関心が高く、地域住民との交流に積極的な人が多いことを実感したという。このように技能実習生は「、労働者」としてのみならず、さまざまな形で地域の活性化に貢献できる。今後、そうした認識が広まり、仕事以外でのさまざ まな場面でも、彼らの社会参画が進むことが望まれる。市民として、義務と社会的責任を全うし共 創・協働を実現することが社会統合に繋がってい る。各種イベントや防災訓練、スピーチコンテスト、図書館、移民博物館、老健ホーム、医療機関など 公共施設への貢献を知るグッドプラクティスへの照 射は、多様性の潜在力の実証に繋がっており、ダイ バーシテイ・マネジメントの成功の秘訣でもある。

宿泊業の技能実習生たちへの期待と
「安心の居場所」

北関東の旅館では、接客業に中国やベトナム から来日した実習生が活躍している。経営者は、「彼らが接客という仕事を通して日本文化に触れ、日本語が上達して、一旦帰国した後、再来日して正社員として本格的に働きたいと希望する例もあり、将来の架け橋になっている」と話してくれた。そういう未来志向型の経営者は、職場が「安心の 居場所」になるように投資とエネルギーを惜しまな い。少子高齢化と人口減少社会、地方の産業の 空洞化の中で、日本社会では、外国人材の増加 を日本社会の諸課題を捉え直す契機と捉えてき た。職場が労働の場としても「安心の居場所」であ れば、仕事の効率もあがる。上の図表は、その要 因を整理したものである。

技能実習生の失踪者数も9,052人(2.1%)と増えており、対策が議論されてきた。外国人材送り出し国側で山積している課題の調査分析と日本社会側における介護・建設・製造業・農業・漁業分野の問題の整理と改善策の探究も大切だ。しかし、まず職場が人権に根ざした「安心の居場所」であれば失踪を防ぐことができる。
職場は自由な対話ができ、本音で語り合え、情報の共有ができ、愛他精神が息づく、相互の学び舎である。協働・共創の場であれば、孤独感から解放される。地域特性をいかし、宗教に配慮し、それぞれの個性を生かす職場であれば「、安心の居場所」づくりは、新たな共創価値を生みだす。人生をより心豊かにし、幸福度の高い社会をつくりだす源泉とも考えることができる。

持ちつ持たれつの世界の仲間

厚生労働省は、国内の外国人労働者が7年連続で増加し、2019年10月時点で、165万8,804人に上ったと発表した(2020年1月31日)。過去最多である。専門技術をもつ高度人材や外国人技能実習生、留学生のアルバイトらを対象としており、統計を始めた2008年以降で初めて150万人を突破している。厚労省によれば、外国人労働者は18年から約20万人増えて、前年比の増加数も過去最多であった。2020年1月17日時点で2,639人が特定技能の 資格の許可を受けている。同日時点で技能実習の試験には5,991人が合格している。当初は、理解の普及と試験の実施態勢を速やかに整備できなかったこともある。書類が多く、技能実習からの移行申請手続きの煩雑さもあり、課題山積ではある。
2020年1月30日、出入国在留管理庁は、新しい在留資格「特定技能」の資格試験を日本国内で受験できる対象者に関して、4月から短期滞在者を加えることを発表した。外国人が試験を受けやすい環境整備によって、受験者数が増えるだろうか。国内での試験は原則として留学生などの中長期在留者のみが対象であった、対象外の外国人は、日本以 外で受験する必要があった。ただ試験を実施した のは6ヵ国にとどまり、受験者数が伸び悩んでいた。2020年4月からビジネスや観光で来日した場合 でも試験が受けられることは、受験を目的とする来日も増えることになるのだろうか?(時事通信社1月30日)
有効な在留資格がある難民申請中の方にとっては、合法的に在留できる可能性がでてくる。就労には各分野で必要とされる試験(技能と日本語)に合格する、という前提条件があるのでまだ簡単ではない。

おわりに

「安心の居場所」の共創

留学生・技能実習生・特定技能・難民、高度人材外国人など、外国人は単に管理・保護する対象ではない。外国人の一人一人が、日本で自律・自立した市民として社会参加し、ともに新しい価値を創造する「共創の時代」となっている認識が大事だ。
新型コロナウィルス感染との闘いは、同じグローバル市民として議論し、国と自治体、医療・教育機関、企業が相互ケアする「安心」のネットワークが土台となる。
社会統合モデルを構築する時代、労働市場がオープンになり、送出国が信頼できる情報を常に入手できる「安心」のネットワークが極めて重要である。
出入国在留管理政策は「入口の議論」ではなく、越境者が安心の居場所に暮らせる多文化「共創」社会に視座を広げている。相互ケアの実践は、信頼関係を培い、国境を越えて伝達・連鎖するからである。国、自治体、企業、大学、医療機関、市民セクターが協働しグローバル人材の育成に繋げ、多様性を活かす組織は、それぞれの構成員に自律と安心感を与えている。CBL(Community Based Learning)を実践し、働く者の自尊感情、社会貢献ができる喜びがとも に「安心の居場所」を共創することを期待したい。

出典:2020年4月号『国際人流』公益財団法人入管協会

川村千鶴子
大東文化大学名誉教授。博士(学術)。多文化社会研究会理事長。著書に『多文化都市・新宿の創造』2015『。多文化「共創」社会入門』2016『、いのちに国 境はない―』2017ともに慶應義塾大学出版会。『インタラクティブゼミナール 新しい多文化社会論―共に拓く共創・協働の時代』(共編著。東海大学出版部2020)ほか多数。

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格差社会の分断を防ぐ「安心の居場所」

川村 千鶴子
(大東文化大学名誉教授)

(2019年8月)

●あの時、ジープを降りてよかった
 ミラノとローマの休日を堪能し、帰途に向かうジェット機がエンジントラブルのため、予定外にパキスタンに停泊した。次の飛行機を待つためにカラチのホテルに1 週間も留め置かれた。ホテルマンが退屈しのぎに「ドライブでも」とジープを出してくれた。1 時間ほどすると灼熱の太陽の下に光る砂漠地帯を走り、壮大な風景をカメラに収めたいとジープを降りた。
 夢中でシャッターを押していた。ふとざわめきを感じて振り返るといつのまにか、大勢の居場所を失った避難民のような人々に囲まれていた。子どもが両手を差し延べて足下に立っている。窪んだ瞳の周りにたくさんの蠅が止まっていた。やせ細って布切れを纏った男女が一歩一歩、私に歩み寄って取り囲んだ。
 「早くジープに乗って!」と運転手が声をかけて、私はなすすべもなく、ジープに乗り込んだ。走り出したジープの私の背中に、大勢の強烈な鋭い視線が、背中から心臓を貫くように刺していた。無力感と罪悪感でいっぱいになった。
 「彼らは誰?なぜ?なぜここにいるのだろう。ここも人間の大地なのだ。」
 その夜は一睡もできなかった。隣国からの避難民かもしれない。私は、いったい何をすればよかったのだろう。
 いや、何ができたのだろう。
 彼らは居場所をもたず、飢餓状態にあり、餓死寸前だった。
 私は23 歳だった。大学でマーケティングを専攻し消費者行動科学を学んだ。
 「それが何? 飢餓に瀕している人々を前に何と無力なのか。何と無関心であったことか…。」
 幼い子どもの瞳が、私に気づきを与えてくれた。
 「無知と無関心こそが、偏見と差別につながる。逆に気づきと思いやりこそが、多文化意識を高め、格差社会の分断を防いでいくに違いない…。」
 あの時、ジープを降りてよかった。

●“ 多文化社会研究会 GLOBAL AWARENESS ”へ
 マンションの一室を借りて多文化教育研究所を創設したのは、1980 年代。地域社会にはさまざまなことが起きていた。人の生老病死、それぞれのライフサイクルに寄り添ってみれば、負の世代間サイクルに愕然とする。不本意な妊娠、置き去り出産、いじめ、無視、不就学・不登校、放任、失業、アル中、DV、餓死、家庭崩壊、離散、路上生活、孤独死など。オーラル・ヒストリーの記述をしながら、多様な人生に光を当ててきた。ライフサイクルにおける負の連鎖が、格差をさらに拡大する。GLOBAL AWARENESS には、留学生、研究者、ジャーナリスト、自治体職員、市民団体などが参加してくださり、1989 年「多文化社会研究会」として研究活動を継続するようになった。

●支え合う「多文化共創社会」への気づき
 80 年代NGO,NPO など市民団体が次々と誕生した。それぞれが特徴をもち活動を補完し合った。主宰者たちは、みんな素晴らしい人々であった。
 「私は、普通の主婦です。ある朝、通りのゴミ箱を開けたら、外国人女性がゴミ箱の底に蹲っていた。彼女が自立するまでと思っていろいろやっていたら、こんな大きなNPO の組織になりました。」
 他の主宰者の中には身元の分からない遺骨を70 体も預かっている方もいた。
 この30 年間で地域を支え「安心の居場所」を創出した多くのボランティアが亡くなられた。
 路地裏を歩くと、当時のことが思い出されて感謝の気持ちでいっぱいになる。
 「多文化共創社会の安心の居場所をつくってくださって、ありがとう!」
 共創とは、一方的に支援するのではなく、自立した地域の構成員として共に創る社会を実現することだ。
 多文化共創社会(Multicultural Synergetic Society)は、多様性を広義に捉え、移民、難民、無国籍者、しょうがい者、一人親家庭、LGBT、不登校・不就学、高齢者など引きこもりがちな人びとと「安心の居場所」を共に創っていく社会である。自治体、企業、教育機関、医療機関などの協働・共創が、差別や偏見を共創意識に変え、新たな共創価値を生み出している。

●内発的な「安心の居場所」の創出
 平成30 年12 月に公布され、2019 年4 月より施行された「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」を成功に導くには計画的な投資と人権の概念に根差した制度的インフラが必要である。そして日本人の多様性にも照射し、差異の承認をプラスに捉える時代を迎えている。無国籍者の窓口の設置、無国籍の防止、住民票の登録がない庇護申請者の子どもたちへの支援、難民二世への国籍付与、外国にルーツをもつ子どもの統計調査など、具体的な制度的インフラが必要である。専門部署が創設されれば、家庭内の変容や日本国籍取得者の多様性を統計的に精査し、適切な計画的な投資が可能となる。
 格差社会の分断を防ぐには「安心の居場所」の創出が欠かせない。
 人と人の間に「愛他精神とケアの実践」、「対話的能動性と情報の共有」の蓄積、「学び合いと未来への展望」、そして「協働・共創」の時空を共有することである4つの要因を以下に示しておきたい。

図1. 【安心の居場所が創出する相乗作用:川村千鶴子2018】

●職場も家庭も学校も安心の居場所となりますように。
 現在、日本の難民受け入れの総数は、12,179 人と言われている。78 年からのインドシナ難民が11,319 人(2005年12 月)が定住した。82 年からは、国連難民条約に基づき、政治的理由などで保護を求める人を難民と認定し保護する制度も始まった。「人道的配慮」で在留許可も含め、これまでに約2600 人の定住が認められた。条約難民708 人(2017 年12 月)である。第三国定住難民が39 家族152 人(2017 年)となっている。二世、三世の時代であることを多文化研のメンバーは身近に肌に感じてきた。
 多文化家族の変容を的確に捉え、国籍での分析視角だけでなく、アクセスの平等と格差の是正に着目したい。基礎教育の機会、情報の共有、医療を受ける権利、居住や就労の機会にアクセスできない人びとの状況や制度の壁を改善することの重要性が認識されている。
 多文化研は、安心して何でも語り合うことができる居場所である。多様性(diversity)を基礎とした社会統合政策への長期的ビジョンが、生まれようとしている。トランスナショナルな社会的位相を捉え、共生コストとエネルギーが、地域社会の未来を拓く「投資」と捉える視点を醸成してきた。職場も家庭も学校も安心の居場所となりますように。そうした内発的視座が、社会統合政策への道を拓いていくに違いない。

(多文化社会研究会「30周年記念誌」より転載)

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