ⅵ)医療国際化と通訳システム

多国籍化する医療現場の多文化共創

―異なる言語を課題とする認識からの脱却― 

五十嵐ゆかり
(聖路加国際大学大学院看護学研究科 准教授)

● 共創を阻む課題
 外国人医療において、言語の違いやコミュニケーションは、長年の課題となっています。たとえば、英語は誰もが一度は学んできているにもかかわらずコミュニケーションが図れないことが多く、そのことが医療者に羞恥心を抱かせるため関わりを避けてしまいがちです。また、なじみのない言語であると「理解できない」という免罪符を作り、結局は関わろうという努力をしません。
 さらに外国人へのケアを敬遠する理由は、「時間がかかる」ということです。通訳者が同席してスムーズに話が進んだとしても、日本人同士よりも時間がかかるのは事実です。忙しい現場では、特にこの時間を要する関わりはできれば避けたいと思ってしまいます。もちろん、そこには言葉の問題だけではない苦手意識も存在していますが、外国人はいつも「できれば避けたい対象」になってしまいます。

● 異なる言語を課題とする認識からの脱却
 外国人が求めているのは、同じ言語を話すことよりも「受け入れられている」と実感することである1)という研究結果があることからもわかるように、語学力の獲得だけでは、課題解決になりません。もちろん、「語学力だけが重要ではない」ということは、医療者自身も認識していると思います。しかし、外国人を目の前にすると、反射的に逃げたり、避けたりしてしまう人は少なくありません。つまり言語の違いへの苦手意識からの脱却が外国人医療における鍵であるとも言えます。医療者は、語学力をつけることを先行するのではなく、先ずは「コミュニケーションの手段を持つこと」こそが必要です。しかし、日本の現状から医療現場で通訳者の同席を基本とすることは困難です。だからこその解決策が「コミュニケーション手段を持つこと」でしょう。たとえば、それは外国人向け多言語資料2) などを指します。このようなリソースは、インターネット上に数多く存在しますが、信頼性の高いものを選別する必要があります。利点や限界を理解した上で医療者が状況に合わせて選択し、それらリソースを介してコミュニケーションを図っていくことができれば、言葉の違いへの苦手意識はかなり軽減されます。もしも院内で外国人対応の研修をするならば、語学力をつけるよりもコミュニケーションを図るために、何を使い、どのように対応できるのか、ということの方が現場に即していると言えるでしょう。
 そして、次に「まずは日本語で話しかけてみる」ということを実践してほしいのです。日本語が理解できなくても、話しかけられたその様子から外国人患者は「気にかけてくれている」と認識することができます。筆者が外国人褥婦に対し行った日本の出産ケアへの満足度の調査において「同じ言語を話すことよりも伝えようとする姿勢を求めていること」という結果が得られました1)。つまり同じ言語を話すことだけではなく、態度を示すことが必要なのです。間違った文法や言葉を使用して混乱を招くよりも、耳慣れた日本語を使用したほうがはるかに理解を得られることもあります。もちろん、その後のコミュニケーションを日本語で推し進めるということではなく、ファーストコンタクトの印象によっては、医療提供の土壌を作りやすくなりますし、何よりお互いの緊張がほぐれていきます。

●医療現場の多文化共創をめざして
 医療現場における多文化共創に最も必要なことは、語学力だけが重要ではない、異なる言語が課題ということだけではない、という共通認識であると思います。異なる言語を課題とする呪縛からの解放が大きなポイントであると言えるでしょう。

引用文献
1)Igarashi, Y, Horiuchi, S and Porter SE: Immigrants ’Experiences of Maternity Care in Japan、Journal of community health, 38 (4), 781-790,2013.
2)厚生労働省 外国人向け多言語資料一覧
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000056789.html

(多文化社会研究会「30周年記念誌」より転載)

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