8月からコラム「多文化共創とコミュニティ」の第Ⅲ部が始まります。第Ⅲ部は「グローバルな視座から考えるウクライナ危機とウェルビーイング」をテーマに、8名の研究者や実践家がそれぞれの専門性から、ウクライナ危機や外国に逃れたウクライナ避難民の動向を見守り、異国のコミュニティで暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングについてメッセージを綴っていきます。
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対話による停戦への歩み寄りと復興支援に向けて
大東文化大学名誉教授 川村千鶴子
✤ロシアによるウクライナ侵攻から激動の1年が過ぎました。
プーチン大統領は、年次教書演説で自らの誤算は語らず、米欧がロシアを「永遠に滅ぼそうとしている」と主張し、「国民の命と故郷を守る」と自衛のための戦争であることを強調し、戦争継続の決意を改めて示しました 1 。
隣国ポーランドでは、バイデン大統領がウクライナへの支援と結束を訴える演説を行いました。多数の論客が戦争終結のシナリオを模索しつつも、戦争終結は見通せず、戦争の長期化が不可避の状況です。
犠牲になった尊い命の無念を想う、心の拠り所である宗教施設の破壊は、アイデンティティを破壊しようとする意図と感じた方も多いのではないでしょうか。ウクライナの学校・病院や重要インフラに対する攻撃だけでなく、宗教施設や文化施設の破壊も目のあたりにしてきました。
とりわけロシアのウクライナ侵攻戦略は、電力施設への執拗な攻撃に特色づけられ、今後、「核」攻撃もありうると言及されています。2022年、ロシアがザポロジエ原子力発電所を占拠したのは、電力施設の打撃でウクライナの抗戦力を麻痺させて勝利を手にする作戦だったことが推測されています。(産経新聞2023.2.22)
世界秩序が揺らぐ中、なぜプーチン大統領は歴史的な暴挙に出たのでしょう。
「法の支配」に基づく国際秩序がなぜ守れないのでしょうか。
そして世界各国はどのように避難民を受け入れ、支援をしてきたのでしょうか。
✤そうした誰もが抱いた疑問に第Ⅲ部のコラムが応えてくれました。まず、明石留美子氏の総論「グローバルな視座から考えるウクライナ危機とウェルビーイング」に始まり、次にウクライナとロシアの関係性を歴史的視点と民族学視点から荒井幸康氏が解説しています。そして藤巻秀樹氏が、先進諸国を含めた国際関係から論述しました。トルコから考えるウクライナ危機を伊藤寛了氏、イギリス国内からの視座を大山彩子氏、アメリカ国内での視座を山口美智子氏がそれぞれ貴重な調査結果と重要なヒントを与えてくれます。日本でのウクライナ避難民は2,300人を超え、様々な悩みを抱えている実態を石川えり氏が執筆されました。貴重な論考です。第Ⅲ部のコラムは こちら からご覧いただけます。
✤戦争が生み出す複合的危機
文豪トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭は、「幸福な家庭はみな似通っているけれど、不幸な家庭は不幸な相もさまざま」で始まります。皮肉にもロシアからウクライナへの軍事侵攻は、過去にない人道危機を起こし、多数の死傷者を出し、憎しみと怒りの連鎖からロシア国内の分断と頭脳流出をも引き起こしました。AI活用などIT立国を目指す国々にとって、ロシアからの頭脳流出は歓迎され、30万人超の高度人材が流出しています。徴兵動員を恐れたロシアの若者が安心・安全を求めて遠く離れた日本にも避難しています 2 。
ウクライナからは、子どもや民間人も避難を強いられ、国内避難民は約600万人、EUの国々に逃れた難民の数は約800万人と伝えられています 3 。
このように戦争の長期化は、家族の離散を伴い、両国にとって大きなダメージになっています。犠牲者の埋葬と葬儀が日常化し、悲嘆と憎しみ、核への不安やストレスの原因となります。戦争は、双方にウェルビーイングを生み出さないことが明らかです。
✤誰が解決の鍵を握っているのでしょう。国連安保理は機能しないのでしょうか?
2022年10月の国連総会の緊急特別会合では、ロシアがウクライナ4州を併合したことへの非難決議が143カ国の賛成で採決されました。インドや中国を含めた35カ国が棄権し、10カ国が無投票でありました。
2023年2月22日、国連総会は、緊急特別会合を再開し、ロシア軍の即時撤退を求める決議案を討議しました。やはり南半球の新興国を中心とするグローバルサウスの賛否が鍵を握っています。
世界的複合危機の最中にあることを思い知らされ、最悪の人道危機の余波が広がり、国際社会の支援に頼ってきた発展途上の国々にも及んでいます。国連児童基金(ユニセフ)の人道支援は、ウクライナを含む欧州・中央アジアに向けられてきたわけですが、食糧支援を減らしており、国際機関などの支援難も続いています。
ガス戦略によるエネルギー危機、食糧危機、貧富の格差の広がりと核兵器の脅しといった複合的危機が重なり合っています。ウクライナへの支援を継続する決意をもつG7サミット国(イタリア・カナダ・フランス・米国・英国・ドイツに日本を加えた主要7カ国)はロシアによるウクライナの民間人や重要インフラをも攻撃したことを非難し、国際法に基づく責任追及をすることで一致しています。武器や弾薬をウクライナに送れば、戦争に加担したことになり、国によっては温度差がありました。例えば、ブラジルのルラ大統領は、「もし武器や弾薬を(ウクライナに)送れば戦争に加担したことになる」と語っています。(CNNインタビュー2023.2.10)
✤世界を覆う複合的危機は人ごとではありません。
フェイクを含む大量のプロパガンダに接し、戦時下の情報を鵜呑みにはできません。真偽不明な情報の渦にどう向き合えばいいのでしょうか?
さらに2023年2月トルコ南部とシリアに大地震が発生し多大な被害に悲しみの連鎖が起こりました。中国の飛行物体である偵察気球の飛行と対中国強硬論が強まる米連邦議会。ロシアはウクライナ侵攻後、欧州向けの天然ガス供給をほぼ停止してきました。資源大国に依存する現状に警鐘を鳴らし、半導体や蓄電池などの重要物資のサプライチェーンの強化も話し合われるとしています。このような複合的な危機と関係悪化にいかにして対応し食い止めることができるのでしょうか。
✤無関心ではなく、人間の安全保障を語り合いましょう。
紛争予防や危機管理、人間の安全保障を語り合う身近なプラットフォームを継続しましょう。さらに日本から多文化共創による平和構築の蓄積を世界に発信することが大切です。多文化とは「差違の承認」であり、在日外国人も日本人も、一人ひとりが多様です。外国人は「客体」ではなく、主体的に自立・自律した地域コミュニティの担い手でもあります。災害時には外国人防災リーダ-として支援する側にもなっています。例えばウクライナ人とロシア人が音楽やバレエなどの親しい文化交流を継続している例もあります。相撲界では、ロシアとウクライナ出身の力士が共に汗を流しています。厨房で、両国のシェフが一緒に料理を作り、お客に提供しているロシア・ウクライナレストランもあります。
2023年2月には、ロシア人ピアニストとウクライナ人のヴァイオリン奏者が、東京と京都と広島でコンサートを開催しました。平和への祈りと「気づき愛 Global Awareness」が連鎖しています。さらに国内各地において、在日ロシア人やウクライナ人が、反戦デモを行っています。
✤「対話的能動性」を共に培っていきたいものです。
戦争の終結と復興支援に向けて、対話によって心を開き、感性を磨き、歩み寄りを可能にしようではありませんか?
ロシアの哲学者バフチン(Bakhtin)は、文化的衝撃から来る摩擦や葛藤を創造性に変えるものとして、対話(dialogue)を挙げました。摩擦や葛藤を正面から見据え、摩擦や葛藤に耐え、多様な他者と向き合い、積極的に相互作用に向かおうとする勇気が必要です。自己と他者の変革を引き起こす創造性をもつことが「対話的能動性」としました。戦争の終結とウェルビーイングな日常を取り戻す「対話的能動性」の努力を提案します 4 。
✤国家間の対話的能動性と人間の安全保障
最後に中国・北朝鮮・ロシアなど周囲を核保有国に囲まれている日本は堂々と「法の支配」を主張し、核廃絶と人間の安全保障を実現する積極的な外交努力が必要だと思います。2023年5月に広島で開催されるG7サミット(主要7カ国首脳会議)が戦争の終結と経済安全保障や気候変動などの問題を解決する機会と期待されています。主要7カ国のうち、米国は5,550発、フランスは290発、英国は225発の核弾頭を保有しています 5 。広島だけでなく、長崎の原爆資料館も訪問していただき、原爆の恐ろしさと、長期に米国や日本国民にも知らされていなかった長崎での原爆投下の事実なども共有していただきたいと思います。またマーシャル諸島など太平洋島嶼国での水爆実験の影響が、次世代の妊産 婦や乳児に影響してきた事実など、核の恐ろしさを共有したいと思います。
日本は自信をもってグローバルサウス144カ国とも、対話的能動性を発揮すべきであるとお伝えして締めくくります。
<注>
1 ロシアは2022年3月までに占領した土地の約半分を春以降に失い、欧米の武器供与を受けたウクライナが奪還したと伝えられています。
2 英国防省は、ロシアの軍と民間軍事会社の死傷者数が合計17万5千人~20万人と分析した。このうち死者は4万~6万人とし、昨年9月以降に大幅に増えたとみられています。(日経新聞2023.2.23)
3 EU諸国では、ウクライナから域内に逃れた約400万人について、難民申請手続きを経ずに受け入れを認めています。(産経新聞2023.2.24)
4 多文化社会研究会(1989年~)では、2015年ごろからロシア人留学生の要望に応え協力してフォーラムを展開しています。ウクライナ侵攻直後には、「第172回多文化共創フォーラム-いかにして平和な世界を取り戻すことができるのか-ウクライナからの希望の道を拓く」を開催しました。在日ウクライナ人を交えて、ウクライナ危機に関する民族学的講座、中国の台頭も踏まえた国際政治の力学のパラダイムシフト、ロシアとウクライナの両国の仲介役を買ってでたトルコの状況、日本におけるウクライナ非難民への支援など多面的視座と議論を続けています。
https://tabunkaken.com/2022/03/
5 出典:長崎大学核兵器廃絶研究センター 世界の核弾頭一覧(2021.6.1現在)
https://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/nuclear1/nuclear_list_202106
<参考文献>
奥山真司監修『サクッとわかるビジネス教養 地政学』新星出版社2021年
池上彰『聖書がわかれば世界が見える』SB新書
小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書2022年
前野隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』講談社現代新書2016
小泉康一『彷徨するグローバル難民政策―「人道主義」の政治と倫理
Itinerant Global Refugee Polocy: the Politics of ‘Humanitanism’ and the Ethical Implications』日本評論社2022年
『月刊誌Foreign Affairs』外交問題評議会2023年2月号
著者プロフィール
川村 千鶴子
大東文化大学名誉教授。多文化社会研究会理事長。博士(学術)。NPO太平洋協力機構顧問。東アジア経営学会国際連合産業部会。大東文化大学環境創造学部教授。同学部長。移民政策学会理事、世界島嶼学会理事、日本オーラルヒストリー学会理事、国立民族学博物館研究員、法務省調査検討委員会有識者会議委員、難民支援協会スペシャル・サポーターを歴任。2021年経済産業省中小企業庁委託『企業におけるCSR/人権担当者向け実践講座』担当。2022年第6回「外国人雇用の道を拓く-人権尊重の共創経営の知恵」担当(公益財団法人人権教育啓発推進センター)。
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日本から考えるウクライナ危機
―包括的な難民の受け入れを実現するために―
認定NPO法人難民支援協会 代表理事 石川えり
「シリアに暮らしていましたが、政権側と対抗する反政府グループが多く住む地域に住んでいるために、地域全域が攻撃される中で自宅も爆撃されました」「軍事政権に対抗し、民主化運動の中心的なメンバーでしたが、警察から警告を受けていたにも関わらず続けたところ逮捕され、逮捕中に拷問を受けました」「少数民族で宗教も多数派と異なるため、政府から国籍を与えられず、強制労働に従事させられました」など様々な理由から日本へ逃れ、保護を求める難民がいます。2021年、日本で難民申請をした人は約2千人、うち難民として認定されたのは74人でした。ドイツでは5万人、アメリカでは4万人が認定される中、この数はあまりに少ないと考えています。原因の1つに、難民認定の実務を出入国在留管理庁(以下、入管庁)が担っているため、難民を「保護する(助ける)」より、「管理する(取り締まる)」という視点が強いことが考えられます。さらにその背景には、政治的意思の不在とそれを支える世論の声の弱さがあるのではないでしょうか。
認定NPO法人難民支援協会は1999年に設立され、20年間にわたり東京都内に事務所を構えて日本に逃れた難民への支援、難民とともに生きられる社会をつくるための広報活動や政策提言といった総合的な活動を行ってきました。関わってきた難民の数は70カ国・7千人に上ります。一人ひとりの難民に向き合い、できる限りの支援をしてきましたが、すべての人に十分な支援ができているわけではなく悩みを抱えながらも活動を行っているのが現状です。
日本に逃れた難民が入管庁へ難民申請を行ったあと、その審査には2021年の平均で4年5か月が要されています。その間、ほとんどの難民申請者が地域の中で家を借り、暮らしながら結果を待っています。政府からの支援金を受給するのは昨年度の実績では年間250人程度であり、それ以外のほとんどの人は自立して働きながら結果を待っていますが、多くの難民は日本で認定されません。しかし、迫害のおそれがあるため帰国もかなわず、再度の難民申請をした場合には在留資格が更新されず非正規滞在となり、仮放免の状態で就労許可もなく公的支援が非常に限定的になるなど、より困難な状況に置かれています。
そのような脆弱な状況がコロナ禍によりさらに影響を受けています。ここでは、仮放免など在留資格がない場合について説明します。前述通り、就労もできず、国民健康保険にも加入できず、公的な生活支援もほぼ利用できないために、周囲の友人たちから数千円ずつお金を借りる、海外の友人から送金してもらうなどしてこれまで何とか生活していたという人が少なくありません。しかし、感染拡大の影響で支えてくれていた人の生活も勤務時間の短縮や失業などで厳しくなり、一切の収入が途絶えてしまうなどの影響が出ています。「もう食糧が尽きてしまい、お米がわずかにあるだけです」「昨日から何も食べていません」「失業して家も失ってしまいました」といった切実な相談も寄せられています。迫害をおそれて帰国もできない中、住民登録がされていない仮放免や短期滞在の成人の難民申請者は特別定額給付金の対象から漏れており、さらに困窮を深めています。
このような状況で、2022年3月、ロシアによるウクライナの侵攻を受けて、ウクライナ難民の日本への受け入れが岸田首相より発表されました。迅速であり、また政府のトップである岸田首相によって発表されたことが異例だったと受け止めています。武力でもって他国に侵略するという行為に対する強い意思表示、そして連帯を示す必要があったのではないかと考えています。首相の迅速な受け入れ表明が自治体や民間などからの前向きな反応を引き出しており、多くの関係者が受け入れに積極的な姿勢を見せました。すでに日本へ逃れたウクライナ難民の人数も2023年1月4日現在で2,200人を超えています。入管庁の統計によると46の都道府県で受け入れられており、各自治体においても受け入れの意思表明がウェブサイト等を通じてなされています。また、入管庁のウェブサイトによると民間等からの支援の申し出が1,800件以上寄せられており、官民双方からの受け入れに対する関心の高さがうかがえます。実際の受け入れの多くは日本への避難を希望するウクライナの方が身元保証人を得て短期滞在のビザを取得した上で来日し、その後在留資格を特定活動1年(就労が可能)へ切り替えを行うことで実現しています。入管庁によると、日本入国時に身元保証人がいないウクライナの方の人数は2023年1月4日現在224人であり、多くが身元保証人による民間主体の受け入れであるといえます。とりわけ、日本財団が日本へ避難を希望するウクライナの方2千人分の航空券、生活費を確保したことがより一層民間レベルの受け入れを進めたと考えられます。
以下、必要とされる支援について考えます。従来難民支援をしてきた立場からすると、入国直後からの本人の状況に寄り添った個別の支援(ケースワーク)が必要と考えます。例えば、ウクライナからの難民について、前提として理解しなければならないのは、自らが国を逃れて日本に来ることを想像すらしていなかったということです。逃れてくる間には家族との別れなどさまざまな過酷な経験をして、日本に来てもすぐには帰国する選択肢はなく、入国直後からの支援が重要になります。特に、孤立させないための支援や、国を出る前、また避難において直面したであろう過酷な経験が避難された方の精神状態へ与える影響に対応できているかという観点が重要となります。
また、言葉も習慣も異なる中で生活を一から立ち上げるためには、生活上の困難に寄り添い、本人のおかれている立場に寄り添って課題を解決するためのサポートが欠かせません。日本財団が2022年12月15日に公開したアンケート調査によると、65.5%のウクライナの方が長期での日本滞在を希望しています。加えて、報道をみても子連れや高齢者など、特有のニーズがある方も多くみられます。たとえ紛争が終わったとしても、実際に帰国が可能になるには復興に時間を要する場合もあります。長期の定住も見越した受け入れ支援をすることが必要です。
そして、今回のような社会での受け入れの広がりを日本における難民受け入れの基盤を整える機会ととらえ、難民認定制度の改善や、庇護を希望する全ての人を包括した支援制度の確立につなげる必要があります。例えば、国土交通省が公営住宅をウクライナ難民へ提供することに対して自治体からの事前の承認を不要とするなど、政府から人道的な施策が出されました。これは自力で日本へ逃れてきた多様な国籍の難民申請者等には適用されません。また身元引受人がいない人への生活支援金は1人あたり1日2,400円ですが、難民申請者への生活支援金は1日1,600円であり、大きな差があります。これらの対応をウクライナから逃れた方のための支援だけではなく、他の国や地域から日本へ逃れた方にも利用可能なものにしていく必要があります。避難を余儀なくされた人たちを出身国や置かれている状況によって差をつけるのではなく、包括的で公平な難民保護制度を考えるきっかけとしていきたいと考えます。
著者プロフィール
石川えり
上智大学卒。1994年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、難民支援協会(JAR)立ち上げに参加。2008年1月より事務局長、2014年12月に代表理事就任。上智大学、一橋大学国際・公共政策大学院非常勤講師。
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アメリカから考えるウクライナ危機
山口美智子
アメリカのウクライナ移民
コロナパンデミック前、2019年にMPI-Migrant Policy Instituteがとった統計によると、アメリカは世界で2番目にウクライナ移民が多い国となっています。2019年の段階で35万5千人のウクライナからの移民がアメリカで永住権、市民権をとって居住しています。そのうち73%は市民権を取得していますが、これは他国からの移民の市民権取得率が52%であることに比べると遥かに高い割合です。このことはウクライナ移民の多くはアメリカ社会に骨を埋める覚悟での移住であることを物語っているのではないかと言えます。2020年には1万人が永住権を取得しました。その39%が難民のステータスからです。この割合は他国難民が難民ステータスから取得した9%に比べると遥かに高い取得率と言えます。またアメリカに在住するウクライナ移民の職種、収入、学歴などに関する統計では、他国からの移民に比べ学歴が高く、就職率については他の難民と殆ど同じとはいえ、職種に関しては48%が管理職、ビジネス、科学、芸術関係といったホワイトカラーと言える職種に携わっています。ウクライナ移民の平均年収は$68,000で母国のアメリカ人($66,000)や他国からの移民($64,000)を凌いでいます。
2022年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった後、ウクライナ人がアメリカにおいてどう扱われているのか調べてみました。翌月の3月には、ホームランドセキュリティー(移民局)は、学生や旅行者としてアメリカ国内に滞在していたウクライナ人にビザの延長や滞在許可証を与えました。4月には、バイデン大統領はウクライナ支援としてUniting for Ukraine programを打ち出し10万人のウクライナ人を受け入れると宣言しました。アメリカ在住の家族や親戚の経済的サポートを条件に申請できるTPS(Temporary Protected Status) により18ヶ月の滞在許可を与える政策も打ち出しました。その結果、2022年11月上旬現在、学生ビザ、旅行ビザ、その他の移民ビザで4万7千人、アメリカ内の親族からのスポンサーを条件としたTPS申請で3万人を受け入れています。これらの処置で滞在許可を得たウクライナ人にはアメリカのメジャーな社会保障である現金補助、教育の補償、就職、医療費、住宅などの補助を申請ベースで受けられることになっています。
また一時的にメキシコ国境からアメリカ入国を試みた2万2千人のウクライナ人を入国させるという優遇措置を取りました。この優遇措置に対しメキシコ国境ですでに長く拘留されたり非人間的な扱いを受けて滞留させられたりしているベネズエラ、アフガニスタン、アフリカ諸国などの多くの国の難民やそれを支援する団体からは、人種差別だとの批判の声が上がりました。2022年2月以降難民申請を通して入国認可を得た人数は2022年11月末現在で1,644人とのことです。リベラル系の国営放送の番組では、ウクライナ人に対してのみ一時的に難民申請の費用を免除し、手続きを優先的にするという、他国難民にはない優遇措置をとった事実があったことが報道されていました。番組の中でインタビューを受けていた難民申請中のアフガニスタン人(注)は、ウクライナ難民が優遇措置で認可が早くおりていることにやりきれなさと怒りの思いをぶつけていました。このようなアメリカの対応を鑑みると、ウクライナ人はアメリカ社会では他国の移民より優遇されていると言わざるを得ません。人種は大きな理由と考えられますが、その他の理由としてはアメリカとロシアの政治的対立の構図もあります。ロシアの軍事侵攻によって始まった戦争で犠牲になっているウクライナ人を受け入れることはアメリカの政治的メッセージとしてもプラスになるし、国民も受け入れを歓迎しています。
ニューヨークのロシア系移民コミュニティ リトルオデッサ
アメリカ国内でウクライナ難民が最も多いのがニューヨーク州で、その中でも特にニューヨーク市ブルックリン地区のブライトンビーチが全米一のロシア系のコミュニティとなっています。ブライトンビーチのコミュニティはロシア系ウクライナ人も多いことや風景がウクライナの黒海に臨むオデッサの街に似ているところからリトルオデッサとも呼ばれています。
ここにはウクライナ人だけでなくロシア系のジョージア、ベラルーシ、その他の地域からの人々も多く、お互いの文化を尊重しあいながら融和し平穏な雰囲気に溢れています。しかし、ロシアとウクライナとの戦争はその平和なコミュニティに多少の不協和音をもたらすことになりました。リトルオデッサに住むロシア系住民の中でも年配者はソビエト連邦時代の教育をうけており、アメリカ移住後も言語などの問題でロシア系のニュースを情報源として聞いていたため、ロシア側の情報を信じプーチンを信奉する人々も少なくないそうです。自由を求めてアメリカに来たはずでは、と疑問は感じますが、故郷を懐かしく思う気持ちと愛国心もあいまった結果なのでしょうか。戦争開始後はアメリカ政府によりロシア系のプロパガンダを掲げるニュースの報道が禁じられました。その後初めて聞くアメリカ、西側諸国の視点で流されるニュースの内容に対し驚愕し、認識を新たにする年配者もいるものの、多くは複雑な思いで西側のニュースを受け取っています。
コミュニティの多くの人々はウクライナ支援をしていますが、個人レベルの付き合いの中でギクシャクする場面が増えたようです。それまでは近隣の友人として気楽に話し、チェスやゲームなどをして付き合っていた友人同士でも、親ロシア派とウクライナ支援派で意見が違う場合は、気まずくならないよう政治的な話題はふれないように気を遣って付き合いを続けているようです。ウクライナを支援する傾向が強いため、親ロシア派の人々はどちらかというと姿勢は曲げないものの肩身の狭い思いをして過ごしていると言います。一方、コミュニティの若者達についてはロシア人であっても圧倒的にウクライナ支援派が多く、反プーチン運動を活発に展開しています。
戦争が始まって以来、リトルオデッサの街の風景にも変化が起きました。それまで赤の広場の絵を看板にしていたレストランは、その看板を外し、代わりにウクライナ国旗を店に掲げました。町並みのショウウインドウのマネキンにはウクライナの国旗を象徴するブルーと黄色の服が着せられ、ウクライナを支援する雰囲気に溢れています。
個人レベルの付き合いでは確かに気まずい場面もあるものの、コミュニティ全体として緊張感や争いが起きるような物々しい雰囲気はなく、平穏が保たれています。ある住民は今もコミュニティが平穏であることについてコメントを求められると、「私達の多くは迫害を逃れ自由を求めて遠いこの国までやってきた同じ仲間だから」と言っています。親ロシア派にせよウクライナ支援派にせよ、ロシアあるいはウクライナに住んでいる彼らの親戚や家族が戦争に巻き込まれていることを心配する思いは同じです。リトルオデッサが平穏を相変わらず保っているのは、運命共同体的な同胞意識を持ち、政治的な視点を超えたヒューマニズムという視点でまとまっているからだと感じます。リトルオデッサに住む人々は、遠く離れた故郷では敵として戦っている親族や友人を持ちながらも、同じコミュニティで生きる者としてどう協調し仲良く暮らしていくかという共創の意識を常に保っているのではないかと言えます。
アメリカ社会全体の傾向としてあらゆる問題を政治的視点で判断、分析する傾向が強く、ヒューマニズムの視点で捉えることが欠落しているように思えてなりません。コロナ対策、アファーマティブアクション、妊娠中絶の権利に関してなど全てそうです。イデオロギー優先のものの捉え方の傾向こそが実は分断を深める方向に導いているのではないでしょうか。イデオロギー優先の視点は自分とは違う視点に立つ人々を受け入れなくさせるだけでなく排他的傾向性さえ生み出し、社会、個人レベルの分断、争い、憎しみ合いを導きかねません。共創社会の実現は社会に生きる個人としてヒューマニズムの視点に立って他者と関わろうとする意識があって実現でき、それがひいては個人のウェルビーイングにもつながるのではないかと考えます。
注 アメリカ政府の同盟勢力としてタリバン政権下のアフガニスタンで生命のリスクを背負いながらアメリカに貢献したアフガニスタン人とその家族の難民申請について、アメリカ駐留部隊がアフガニスタンから撤退してから1年2ヶ月以上経っても認可がおりていない現状があります。また、申請後、認可までの間も定住に必要な最低限のサービス受給のための書類を得ることにさえも苦労しています。滞在期限は2年のため、2年後までに認可が降りない場合は強制送還となります。そのため、認可を待つアフガニスタン難民は不安な思いで過ごしていると言われています。
著者プロフィール
山口美智子
ニューヨーク州修士号レベル ソーシャルワーカー免許(MLSW)、臨床ソーシャルワーカー免許(LCSW)取得、コロンビア大学大学院スクールオブソーシャルワーク(Master of Science)。インターンシップ時代1年目は、ニューヨーク市コーネル大学付属病院でHIV外来クリニックと癌の入院病棟で患者のケアにあたる。2年目は、ブロンクスのコミュニティーセンターにて児童虐待が疑われる家族の包括的なケアに当たる一方で、不登校気味の児童のためのグループカウンセリングを行う。2001年大学院卒業後は、ニューヨーク市教育委員会によりアウトソーシングのサイコセラピストとして問題行動のある児童をホームベースで治療をおこなった。2001年より現在までニューヨーク州ウエストチェスタ郡の寮制高校のスクールカウンセラーとして勤務にあたる。
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英国から考えるウクライナ危機
-地方政府の対応と危機下における社会的弱者グループ
大山彩子
ロシア軍による2022年2月24日のウクライナ侵攻後、英国政府はウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁において迅速な対応を行いました。いち早く武器や軍事アドバイザーを送り込み、ウクライナ兵を英国内で訓練し、ロシアに対する経済制裁を強化してきました。一方でウクライナ難民に対しては、家族スキームとホームズ・フォー・ウクライナという2つのルート(表参照)を用意しましたが、受け入れ数においても対応の素早さにおいても他のヨーロッパ諸国と比べて劣っており、国内でも批判的に論じられています。
英国政府によるウクライナ難民政策(統計データは2022年11月8日までの合計)

(出典:Home Office, 2022)
地方政府の対応
こうした英国政府の対応を背景に、地方政府では地域社会の声を反映してロシアへの抗議活動とウクライナ難民支援が行われました。ロシアへの抗議として、ウクライナに侵攻したロシア軍を非難し英国政府の制裁強化を支持する内容の声明が多くの地方政府から出され、ロシアの都市と姉妹都市を締結している地域(コベントリー、グラスゴー、オックスフォード、ダラムなど)では一時停止や終了が宣言されました。また、ウクライナ難民受け入れに関して消極的な英国政府とは対照的に、多くの地方政府で難民を積極的に受け入れていく姿勢が表明されました。地域での難民プログラムの一環として、ウクライナから逃れてきた人たちに向けた地域特有の生活情報を載せたガイドブックやガイド動画が各自治体のホームページで公開されました。こうした情報誌や動画では「ウクライナ人ゲスト(Ukrainian guests)」や「歓迎する(welcome)」という言葉が使われており、ウクライナ難民が地域社会に歓迎されていると感じることができるよう作成されたことが示されていました。
筆者の住むケンブリッジ州 1 では、ウクライナ侵攻開始5日後の3月1日付けで州議会から英国政府宛てに要望書が送られ、その公開を通してケンブリッジ州としての見解と方針が住民に知らされました(Cambridgeshire County Council, 2022)。同州議会は、ロシア軍のウクライナ侵攻に対して深い懸念を表明するとともに、「ウクライナ難民のための合法的で安全なルートを、アイルランドや他のヨーロッパ諸国にならって素早く提供すること」と「クレムリンにつながりのある人物と企業に対してより一層の制裁強化を実行すること」の2点を英国政府に求めました。要望書ではさらに、ケンブリッジ州はウクライナ難民の受け入れ態勢がととのっていることが述べられ 2 、州全体で積極的に受け入れていくことを英国政府に約束していました。ウクライナ難民受け入れに関して「アイルランドや他のヨーロッパ諸国にならって」と書き加えたことで対応の遅い政府への非難を示しつつも、政府による難民支援の詳細が決まり次第受け入れを行うことを約束することで、政府の迅速な行動を促しました。
そして実際に、州内に5つある行政地区の1つである南ケンブリッジ地区では、政府による第二のルート(ホームズ・フォー・ウクライナ)発表後、ゲスト(ウクライナ人)とホスト(受け入れ側の英国住民)をつなげるためのオンラインコミュニティ設立や受け入れ希望者へのウェビナー開催、そして必要な手続き(地区内の家や部屋の提供申し出の受け付け、提供する個人や団体の審査、家や部屋が提供に適しているかの確認など)を速やかに行いました。こうした努力により、2022年5月3日時点において、南ケンブリッジ地区での第二のルートでのVISA取得数は435となり、これは英国イングランド内に181ある地方行政地区の中で最も多い取得数となりました(South Cambridgeshire District Council, 2022)。
危機下における社会的弱者グループ:ウクライナからの季節労働者
一方で、英国政府によって規定された「ウクライナ難民」という分類から抜け落ちてしまい、危機直後の数か月の間、著しく弱い立場におかれてしまったウクライナの人たちがいました。ウクライナ危機以前に英国に入国していた季節労働者たちです。2020年12月31日に移行期間を終えたEU離脱により、英国における季節労働者の主な出身国はポーランドやルーマニアのEU国からウクライナに取って代わり、2021年に交付された季節労働者VISAの67%(約2万人)をウクライナ人が占めていました 3 (Walsh and Sumption, 2022)。英国の農業がウクライナ人の季節労働者に大きく依存していたにも関わらず、彼らへの政府の対応は大きく遅れ、彼らは非常に苦しく困難な立場に追いやられました。
第一に、彼らは英国政府が用意した前述の二つのルートを自身や家族のために利用することができませんでした。短期VISAで入国している彼らは自身が「英国在住のウクライナ人」として家族を呼び寄せることはできないので、例えば出稼ぎに来ていた夫婦が幼い子供を英国に呼び寄せることができませんでした。そして、危機以前に入国していたので「ウクライナ難民」対象の公的支援を受けることもできませんでした。
第二に、2022年末まで季節労働者の滞在許可が延長されましたが、農業分野以外では就労できないという規定は変更されませんでした。しかし、英国農家も収穫物によっては仕事を提供し続けることができません。さらに、以前から問題として認識されていた海外からの季節労働者に対する労働搾取の問題も状況を悪化させました。支援団体には「皮が破れて血が出ても手袋着用を認めてくれない、けがをしても病院に連れて行かない、達成困難な目標を設定される、抗議したら1週間働かせてくれなかった」といった農家から逃れてきたウクライナ人労働者が駆け込んできていました。彼らはそうした農家から逃れても自国に戻ることもできず、難民としての公的支援も受けられず、1日1日を生き延びるために建築現場や清掃など現金手渡しの仕事で非合法に働かざるを得ない状況に置かれました。つまり政策の不備により、不本意にも非正規移民となってしまっていたのです。
こうした状況を受け、英国政府はウクライナ人のための第三のルートとして「延長スキーム(the Ukraine Extension scheme)」の導入を3月29日に発表しました。英国に滞在しているウクライナの人たちは、3年の滞在延長が認められ、入国時とは異なるVISAを申請できることになりました。申請が通れば、季節労働者は農業分野以外でも就労できることになります。支援団体は、この延長スキームの導入を評価しつつも、申請開始が5月3日からであり、導入発表から1か月以上待たされる上にさらに申請が通るまで待たなければならないことに深い懸念を示し、特に困難な立場におかれた季節労働者にはすぐに公的資金を受け取れるようにし、農業分野以外でも就労できるようにすべきだと指摘しました。また、さまざまな状況に置かれているすべてのウクライナ国籍の人たちに福祉受給資格を与えるよう政府に求めています(Focus on Labour Exploitation (FLEX), 2022; Taylor, 2022a; 2022b)。
危機下における社会的弱者グループ:ロシア系英国住民
危機下における英国社会において注目すべきもう1つのグループはロシアにルーツを持った人たちです。英国統計局(Office for National Statistics (ONS), 2022)では、ロシア生まれの英国住民は約73,000人(2020年)と推計しています 4。地方紙では、ロシア系の食品や雑貨を扱っている商店で、シャッターに落書きをされたり心ない言葉をかけられたりといった嫌がらせを受けていることが記事にされています。社会の長期的なウェルビーングを考える場合、特に将来英国とロシアとの架け橋となるであろうロシア系の若者や子供たちへの影響が懸念されます。ウクライナ侵攻直後は英国在住のオリガルヒ(ロシア人富裕層)への非難が特に激しく、その矛先は子供たちにも及びました。全国紙では、保守系国会議員や大学教授などによる「英国の寄宿学校に通っているオリガルヒの子供たちを退学させるべきだ」「オリガルヒの学生は全大学で退学させるべきだ」という意見が報道されていました。現在大学では「出身がどこであっても全学生を支援する」としながらも、ウクライナ人留学生や研究員への支援が最優先されている状況にあります 5。ロシアからの留学生も自国からの学費送金が困難になり、また「授業の中でウクライナ危機について触れられると恥ずかしくてその場から消えたくなる」「この話題について話せる人がいなくて、気持ちを理解できる人がいない」「英語を話すと発音でロシアなまりとばれてしまうから、何も話さないようにしている」といった心配事を抱えています(Fazackerley, 2022)。孤立している彼らにも経済的、精神的サポートが必要とされています。同じく英国に住む外国人として、ある特定の国にルーツを持っているという理由で社会の中で排除的な動きが出てきている状況が気がかりです。
外見や言語、アイデンティティを理由とした嫌がらせやヘイトクライムの根絶は政府と地域社会が一体となって取り組むべき課題です。例えば新型コロナウィルスの流行をきっかけにして始まった東アジア人・東南アジア人に対するヘイトクライム 6 は2022年に入っても増加しており、英国でもようやく英国政府出資による被害者支援と被害の実態調査が開始されました 7。現在はウクライナを支援したい気持ちとロシアへの非難が強いため、ロシア系の人々の声はあまり聞こえてきませんし、ロシア系住民に対する嫌がらせやヘイトクライムが英国内でどの程度起きているのかについてはまだ不明です。戦争が1日でも早く終わり、嫌がらせ根絶への実践的な取り組みやよりよい支援の提供について、ロシアにルーツを持っている人たちも一緒に語り合い、取り組める状況になることを願っています。
(注)
1 大学都市であるケンブリッジ市は住民の約37%が外国生まれであり、住民の約25%が英国籍を所持していません。(英国全体では、外国生まれの住民の割合が約14%であり、英国籍を所持していない割合は約9%です。)ロンドンでも外国生まれがケンブリッジ市と同じく約37%であり、英国籍を所持していない割合は約22%です(Office for National Statistics (ONS), 2022)。ケンブリッジ市はロンドンと同じように多様な背景を持つ人口で構成されていますが、外国生まれの中でも非EU国とEU国出身の割合がほぼ同じであるケンブリッジ市と、非EU国出身の割合が多いロンドンという違いがあります。
2 ケンブリッジ州が2015年から難民受け入れに本格的に取り組んでおり、シリアやアフガニスタンからの難民に住宅を提供し、関係団体と協働して彼らが地域社会で暮らすための支援を行ってきたことを述べ、この経験を活かしてウクライナ難民を受け入れていくことを約束しました。
3 次に多く占めるのがロシア人であり、8%(約2,300人)でした。
4 ウクライナ生まれの英国住民は約32,000人(2020年)と推計されました。
5 大学ではウクライナ出身の留学生や特別研究員のために、学費や生活支援、家族呼び寄せなどのさまざまな支援プログラムが立ち上がっています。
6 東アジア、あるいは東南アジアがルーツの人に対して、オンラインでの嫌がらせ、身体的暴力、落書きなどが報告されています。
7 「On Your Side」(https://www.onyoursideuk.org)は、東アジア人・東南アジア人へのヘイトクライムの被害報告と被害者支援のサービスです。ウェブサイト上のフォームで東アジア・東南アジアルーツの人に対する人種差別やヘイト行為を報告したり、ヘルプラインでの相談サービスや関係団体からの支援を受けたりすることができます。英国政府が出資していますが、活動は東アジア・東南アジアのコミュニティグループや人権団体によって政府から独立して行われています。
(引用文献)
Cambridgeshire County Council, 2022. Letter to the Home Office regarding conflict in Ukraine from leaders in Cambridgeshire. [online] Cambridgeshire County Council. Available at: https://www.cambridgeshire.gov.uk/news/cambridgeshire.gov.uk/news/letter-to-the-home-office-regrading-conflict-in-ukraine-from-cambridgeshire-leaders [Accessed 15 November 2022].
Fazackerley, A., 2022. Russians at UK universities ‘lonely and guilty’ as they fear for the future. The Guardian. [online] 6 Mar. Available at: https://www.theguardian.com/education/2022/mar/06/russians-at-uk-universities-lonely-and-guilty-as-they-fear-for-the-future [Accessed 17 November 2022].
Focus on Labour Exploitation (FLEX), 2022. Filling the gaps: preventing increased risks of exploitation for Ukrainian workers on the Seasonal Worker Visa. [online] Focus on Labour Exploitation (FLEX). Available at: https://www.labourexploitation.org/news/filling-gaps-preventing-increased-risks-exploitation-ukrainian-workers-seasonal-worker-visa [Accessed 16 November 2022].
Home Office, 2022. Ukraine Family Scheme, Ukraine Sponsorship Scheme (Homes for Ukraine) and Ukraine Extension Scheme visa data. [online] GOV.UK. Available at: https://www.gov.uk/government/publications/ukraine-family-scheme-application-data/ukraine-family-scheme-and-ukraine-sponsorship-scheme-homes-for-ukraine-visa-data–2 [Accessed 15 November 2022].
Office for National Statistics (ONS), 2022. Population of the UK by country of birth and nationality – Office for National Statistics. [online] Available at: https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/populationandmigration/internationalmigration/
bulletins/ukpopulationbycountryofbirthandnationality/2020
South Cambridgeshire District Council, 2022. Council thanks communities for Ukraine support. [online] South Cambs District Council. Available at: https://www.scambs.gov.uk/council-thanks-communities-for-ukraine-support/ [Accessed 16 November 2022].
Taylor, D., 2022a. ‘Scandal in plain sight’: charities call for help for Ukrainian seasonal workers. The Guardian. [online] 28 Mar. Available at: https://www.theguardian.com/environment/2022/mar/28/scandal-in-plain-sight-charities-call-for-help-for-ukrainian-seasonal-workers [Accessed 15 November 2022].
Taylor, D., 2022b. Ukrainian workers flee ‘modern slavery’ conditions on UK farms. The Guardian. [online] 19 Apr. Available at: https://www.theguardian.com/uk-news/2022/apr/19/ukrainian-workers-flee-modern-slavery-conditions-on-uk-farms [Accessed 15 November 2022].
Walsh, P.W. and Sumption, M., 2022. Q&A: The UK and the Ukraine refugee situation. [online] The Migration Observatory at the University of Oxford. Available at: https://migrationobservatory.ox.ac.uk/resources/briefings/qa-the-uk-and-the-ukraine-refugee-situation/ [Accessed 16 November 2022].
著者プロフィール
大山彩子
お茶の水女子大学大学院修士(社会科学)。英国アングリアラスキン大学大学院にてPh.D.取得。専門は社会統合(Integration)、多文化共生・多文化共創、移民政策、国際福祉。英国在住18年。現在はOxfamでボランティア活動中。
→ クレア掲載ページ
https://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/116104.php
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トルコから見たウクライナ危機
帝京大学経済学部国際経済学科専任講師 伊藤寛了
1 はじめに
ウクライナ危機においてトルコが担う仲介役に注目が集まっています。ロシアによるウクライナ侵攻開始直後からトルコはロシアとウクライナとの会談を仲介し(より正しくは侵攻前からロシアの説得にあたり)、最近ではウクライナからの穀物を世界に輸出すべく、ロシアや国連と調整の上で黒海の「出入口」に位置するトルコが中継地となる「穀物回廊」が実現しました。ではなぜトルコはロシアとウクライナの仲介役を引き受けているのでしょうか。様々な側面があり一概にはいえませんが、トルコにとってロシアもウクライナも重要な国であり、両国との良好な関係を維持することがトルコの国益に寄与するからです。
2 トルコにとってのロシアとウクライナの重要性
例えば、トルコが輸入する小麦の80%(2020年)、ひまわり油の65%(2019年)を両国からの輸入が占めています。また2021年のトルコへの観光客数に関してもロシアが470万人で1位(19%)、ウクライナは200万人で3位(8.34%)でした。さらに建設業においても、ロシアからの請負額は2019年から21年の3年で約220億ドル、ウクライナからも約30億ドルとなっており、両国がトルコにとって重要な貿易相手国であることが分かります。しかしトルコと両国の関係は経済面に限定されるわけではありません。
2015年、トルコがシリア国境地帯でロシア戦闘機を撃墜するという出来事があり、両国間の外交・経済関係が冷え込みました。それから2年後の2017年、トルコのエルドアン大統領はロシアからミサイル防衛システム(S-400)の購入に署名したと発表し、2019年に納入が始まりました。ロシアが敵視するNATO加盟国であるトルコの行動に対し、NATOは安全保障上の懸念が示され、トランプ米大統領はトルコへの経済制裁や戦闘機引き渡しの拒否を求めました。同じ頃、トルコはウクライナとの間で軍用ドローン(バイラクタルTB2)の売買を決定しました。このドローンは今般ウクライナがロシア軍の侵攻に対して使用し、その性能と有効性が評価されています。また侵攻直前の本年2月3日、エルドアン大統領がウクライナを訪問し、両国間で次世代ドローンの共同生産や宇宙産業分野での協力を含む8つの合意が調印されました。このようにロシアとウクライナは安全保障の面でもトルコにとって重要なパートナーなのです。
3 オスマン帝国時代のクリミア・タタール人移民
クリミア・ハーン国住民の子孫であるクリミア・タタール人はトルコ系民族で、旧ソ連地域やトルコなどに暮らしています。ハーン国は1457年にオスマン帝国の宗主権下に置かれ、1783年にロシアに併合されました。それ以降、クリミア・タタール人はオスマン帝国に集団で移住し始め、クリミア戦争や露土戦争の際にも多くの移民が発生しました。タタール人を移民として庇護し受け入れたオスマン帝国は、避難所や住居、食料を提供したほか、税や兵役を免除し、(本国での主な職業であった)農業に従事するための耕作地や農機具を提供(就労支援)したり、また移民を支援するよう地元住民の説得にあたったりするなど、さしずめ現在の「難民保護」、あるいはそれ以上の支援を実施していました。オスマン帝国がクリミア・タタール人を受け入れたのは、クリミア・ハーン国の宗主国であったことに加え、タタール人がムスリムであり帝国への忠誠心も厚く受入れにあたり支障がないこと、また戦争で兵員が不足していたオスマン軍の一員としての活躍を期待したことなどが理由でした。他方で居住先については、当初は現在のブルガリアやルーマニアのドブルジャ(ドブロジャ)地域、その後帝都イスタンブールやアナトリア地域などに(一大勢力となることを避けるため)分散して定住させました(注1)。
4 トルコ政府のクリミア・タタール人優遇政策
2022年8月、エルドアン大統領はクリミア・タタール人の安全はトルコにとって優先事項であると発言し、ウクライナから避難するクリミア・タタール人への長期滞在許可(在留期限なし)の交付が開始されました(注2)。同許可を得るには8年続けてトルコに居住することが必要ですが、クリミア・タタール人は他のトルコ系移民と同様にそうした要件は求められていません。このような移民受入れにおけるトルコ系民族重視に関しては定住法にも記載があり、トルコの移民政策の民族主義的な側面として知られています。報道によれば、クリミア・タタール人の他にもウクライナから逃れてきたトルコ系のメスへティア・トルコ人が保護されています。トルコはウクライナからの避難民を難民としては受け入れていませんが、侵攻から約1ヶ月後の3月21日にソイル内相が5万8千人、また約2ヶ月後の4月25日にはエルドアン大統領が8万5千人超のウクライナ人がトルコに入国したと語っています。
5 ロシア人とウクライナ人による不動産購入の増加
ウクライナ侵攻後、トルコでロシア人とウクライナ人による住居の購入数が増えています。トルコ統計機構によると、2021年のロシア人のトルコでの住居購入数は5,379戸で、10,056戸のイラン人と8,661戸のイラク人に次いで3位でした。この順位は2022年3月まで変わりはありませんでしたが、2022年4月にロシア人が1位となり、利用できる最新のデータである9月の統計では2位のイラン人の購入数(592戸)の倍以上の1,196戸となっています。またウクライナ人による住居購入数を見てみると、2021年は13位だったのが2022年には上位10位に入り、7月は5位、8月と9月は6位となっています。この増加の背景には、40万ドル(5月までは25万ドル)以上の不動産を購入するとトルコ国籍を取得できるということがあるように思われます。
6 外国人居住に関するクオータ制の導入
トルコは約400万人の難民を受け入れる世界最多の難民受入国で、その多くを一時保護制度により受け入れられたシリア難民(約360万人)が占めています。難民の多くは家賃が安い地区に集住する傾向がありますが、トルコ政府は2022年2月、そうした地区における地元住民と難民との間の緊張緩和や「ゲットー化」を予防することを理由に、1つの地区に居住できる外国人の比率を25%以下にすること(クオータ制)を発表しました。これにより81県中54県781地区でシリア難民を含む外国人の新たな居住(住民登録)が禁じられました。続く7月には20%への引き下げと、対象地区の拡大(1200地区)が発表されました。こうした措置が実施されるに至った契機の1つは、2021年8月に首都アンカラのアルトゥンダー地区で発生した、地元住民とシリア難民との間の大規模な衝突事件だと考えられます。同年9月には同地区にある、シリア難民が主に居住する建物の解体と難民の立ち退きが政府により決定されました。この結果、離職を余儀なくされた難民もいます。NGOが再就職を支援するものの、仕事を見つけるのは容易ではないといいます。反難民感情の高まりの背景には、トルコの経済状況の悪化(リラ安、高インフレ、高い失業率など)があるとみられ、また来年2023年に控える大統領選を前に野党が難民のシリアへの送還を掲げるなど「難民の政治争点化」も国民の反難民感情を煽っているといえます。
7 おわりに
ウクライナの独立を支持(ロシアによる侵攻には反対)するとともに、ロシアによる2014年のクリミア併合および今般の4州の併合は認めないという立場を取る一方で、ロシアへの経済制裁には加わらず、両国の仲介役を担うトルコの方針の背景には以上のような経緯がありました。一方で、両国からトルコに逃れてきた人たちのウェルビーイングを考えると、民族主義的移民政策やクオータ制の導入、難民問題の政治争点化などは懸念材料です。本コラムでは触れることはできませんでしたが、トルコ政府としても外国人との共生は課題であると認識しており、国連機関などと連携しながら交流プログラムなどを実施しています。そうした取り組みがトルコにおける多文化共生と共創に繋がり、ウクライナ危機により移動を余儀なくされた人々のウェルビーイングに裨益することを期待しつつ、本コラムを終えることにいたします。
注
1 Yakut, K. (2015) “Kırım Tatarları ve Nogayların Osmanlı İmparatorluğu’na Göçler,” Erdoğan, M. M. ve Kaya, A. (der.), 14. Yüzyıldan 21. Yüzyıla Türkiye’ye Göçler. İstanbul Bilgi Üniversitesi Yayınları.
2 KIRIM TATAR TÜRKLERİ İÇİN UZUN DÖNEM İKAMET İZNİ DUYURUSU
https://istanbul.goc.gov.tr/kirim-tatar-turkleri-icin-uzun-donem-ikamet-izni-duyurusu
著者プロフィール
伊藤寛了
帝京大学経済学部国際経済学科専任講師。在トルコ日本国大使館専門調査員、公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部(RHQ) などを経て現職。専門分野は、トルコ地域研究、難民・強制移動研究。関連する業績として、伊藤寛了(2019)「トルコにおけるシリア難民の受け入れ:庇護、定住・帰化、帰還をめぐる難民政策の特質と課題」小泉康一(編)『「難民」をどう捉えるか:難民・強制移動研究の理論と方法』慶應義塾大学出版会、伊藤寛了(2020)「難民の社会参加と多文化社会:トルコと日本の難民受入れを事例として」万城目正雄・川村千鶴子(編)『インタラクティブゼミナール–新しい多文化社会論』東海大学出版部など。
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国際政治から見たウクライナ危機
ジャーナリスト(元日本経済新聞編集委員) 藤巻秀樹
第Ⅲ部はウクライナ避難民のウェルビーイングに焦点を当てますが、その前に多くの避難民を出すことになったプーチンの戦争を国際政治の視点から考えてみたいと思います。
まず指摘したいのは、ロシアのウクライナ侵攻を事前に予測できた専門家はほとんどいなかったということです。ロシア政治に詳しい廣瀬陽子・慶応義塾大学教授は「研究成果に基づけば、ロシアがウクライナに侵攻するはずはなかった。自分の長年の研究は何だったのだろうか。絶望的な気持ちに苛まれた」と語っています 1 。歴史が大きく動くとき、専門家でも見通しを誤ります。ベルリンの壁崩壊やソ連解体のときもそう。記憶に新しいところではトランプ米大統領の誕生がそうでした。米国の専門家は「大統領選で勝利するのはヒラリー」と信じて疑いませんでした。専門家は豊富な知識や過去の事例をもとに合理的な判断をしますが、歴史の転換点ではこれまでの常識が通用しないパラダイム・シフトが起こります。プーチンのウクライナ侵攻はまさに歴史の大きな転換点と言ってよいでしょう。
なぜ、プーチンは暴挙に出たのでしょうか。その背景には国際政治の枠組みの変化があります。そのことは後で詳しく述べますが、その前にまずプーチンの動機に迫りたいと思います。旧ソ連復活への野望、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大阻止など様々な要因が指摘されていますが、一番大きいのはウクライナの欧米傾斜に危機感を持ったことではないでしょうか。ウクライナで民主化が成功すると、ロシア国民にも大きな影響を与えます。それはプーチンの強権体制を揺るがすことにつながりかねません。ロシアでも民主化を求める声が高まり、国内が不安定になるからです。プーチンにとってウクライナの民主化は目障りでしかたがない。ウクライナの民主体制を弱体化させ、ゼレンスキー政権の信用を失墜させることがどうしても必要だったのです。プーチンはウクライナ侵攻の背景として、よくNATO拡大への懸念に言及していますが、それは大した問題ではありません。ウクライナがNATOのメンバーになることは非現実的だからです。NATOはウクライナの加盟に慎重で、手続きは進んでいません。
プーチンがウクライナ侵攻に踏み切った背景として忘れてはならないのは、国際政治の枠組みの変化です。特に大きいのは超大国・米国の戦略転換でしょう。2013年9月、米大統領だったオバマはシリア内戦についての演説で「米国はもはや世界の警察官ではない」と宣言しました。中東をはじめとした世界の紛争に超大国として振る舞うことをやめ、積極的に介入しない方針を打ち出したのです。この路線は彼の後を継いだトランプにも引き継がれます。トランプが打ち出したのは「アメリカ・ファースト」。自国の利益を最優先する方針を鮮明にしました。米国はロシアより中国を脅威と見なし、中国との対抗に外交資源や軍事力を集中投下する戦略に転換していきます。現在のバイデン政権は2021年8月、20年にわたり米軍が駐留したアフガニスタンから完全に撤退。ウクライナにも早々と軍事介入しない方針を打ち出しました。こうした米国の姿勢の変化がプーチンのウクライナ侵攻を後押ししたのではないかと見られています。
もう一つ無視できないのが、「新・超大国」中国の影です。あまり知られていませんが、中国とウクライナは良好な関係にあります。中国はアジアから欧州、アフリカにまたがる巨大経済圏構想「一帯一路」の沿線国としてウクライナを重視しています。両国の貿易は急速に拡大し、2019年にウクライナの対中貿易額はロシアを抜き、中国が最大の貿易相手国になっています。また中国が推進する国際貨物列車「中欧班列」はウクライナを重要な中継点と位置付けています。すでにキーウ(キエフ)と武漢の間で貨物便が開通しています。ロシアはこうした中国のウクライナ進出に神経を尖らせています。中国は2014年のロシアのクリミア併合の前、クリミア半島で小麦輸出のための港を建設する計画を進めていました。ロシアがクリミア併合を急いだのは、中国による港湾建設を阻止しようとの思惑もあったと見られています。「ロシアとウクライナは一体」と主張するロシアにとって、ウクライナに中国の影響力がじわじわと広がることは大きな脅威であったことは想像に難くありません。
ウクライナ危機は国際政治における米国の後退、中国の台頭を背景に起こりましたが、今後の世界はどうなるのでしょうか。中西輝政・京都大学名誉教授は「ロシアのウクライナ侵攻を機に世界は掛け値なしに変わった。冷戦終結から今日まで維持してきた国際秩序が音を立てて崩れ落ちる瀬戸際に立っている」と分析しています 2 。またセルヒ・プロキア・ハーバード大学教授は「欧州と世界の歴史で、1989年の東欧革命とともに始まった時代は終わった。冷戦後の世界秩序には実質的に終止符が打たれた。新たな冷戦が始まった」と指摘しています。
欧州各国の動きを見ていると、実際に新たな冷戦が始まったと思われるような出来事が相次いでいます。まずドイツが国防費の増強に動き出しました。ショルツ首相はロシアのウクライナ侵攻を受け、今年2月、ドイツの国防費をGDP比で2%以上と大幅に引き上げる方針を表明しました。これにより、ドイツの国防費はロシアを抜き、米中に次ぐ世界3位に躍り出る見通しです。ポーランドも国防費をGDP比2%から3%に引き上げる方針です。デンマークやスウェーデンも国防費を増額し、GDP比2%にすると発表しました。また、これまで軍事的に中立の立場を堅持していたフィンランド、スウェーデンが政策を転換、今年5月にNATO加盟を申請、早ければ年内にも実現する見通しです。このように、プーチンによるウクライナ侵攻は欧州の安全保障の枠組みを大きく変えています。
経済のグローバル化が進んだのは、冷戦終結後の30年間で社会主義国家の市場経済化と、世界に平和と安定がもたらされたからです。しかし、過去10年間でナショナリズムや保護主義が台頭し、グローバル化の大きな障害になっています。ロシアのウクライナ侵攻はこうした傾向に拍車をかけています。サプライチェーン(供給網)が寸断され、エネルギーや食糧価格が高騰。世界の企業や政府は資源や原材料の調達多様化を迫られ、経済にも安全保障の重要性が高まる時代になりました。グローバリズムは抜本的な見直しの時期を迎えているのです。
さらに世界に脅威を与えているのが、ロシアによる核兵器攻撃の可能性です。プーチンはウクライナ侵攻後、核兵器の使用を示唆する発言を繰り返しています。これまで「核」は抑止力としてのみ存在し、実際には使えない兵器と見なされてきましたが、プーチンの威嚇により核兵器の使用が現実味を帯びてきました。核大国が核を持たない小国に侵攻したことは、北朝鮮の核保有論理を後押しすることにもつながり、日本にとっては大きな脅威です。
最後にロシアとウクライナの戦いを別の角度から見てみたいと思います。ゼレンスキーはSNSを通じて世界にメッセージを発信しています。彼は戦火の中で指揮をとりながら西側各国の議会でオンライン演説をした史上初の政治指導者です。これに対し、ロシアはマスメディアの報道やSNSを厳しく制限して国内の言論統制を行い、「大本営発表」に終始しています。戦争の広報戦略という点においても民主主義と権威主義の手法がせめぎ合っているのです。
欧米や日本の報道を見ると、世界の大半がウクライナを支持し、ロシアを非難しているように見えます。しかし、欧米を除くと世界の多くの国は民主主義国家ではありません。今年3月、国連で採択されたロシアによる侵攻を非難する決議に賛成した国は141カ国、反対は5カ国でした。しかし、棄権した国が35カ国もあります。英エコノミスト誌の調査部門EIUの分析によると、ロシアを非難し制裁にも加わっている国は人口分布で見ると世界の3分の1に過ぎません。大半が西側諸国です。新興国の中には中立の立場を維持する国やロシアに理解を示す国も少なくありません。新興国から見ると、コロナワクチンの提供やシリア難民の受け入れを渋った欧米諸国は利己的に映ります。過去の植民地支配への反発も消えていません。世界のすべての国が、ウクライナとそれを支援する欧米諸国を支持しているわけではないのです。そのことも踏まえて国際政治とウクライナ危機を見る必要があるかもしれません。
戦争は長期化の様相を呈してきました。戦争を止められるのはプーチンの決断、もしくはプーチンの失脚しかない状況です。大量の避難民を生み出した悲惨な戦争の背景を国際政治の視点から説明してきましたが、これ以上避難民を出さないためにも国際社会に和平に向けた知恵を絞ってほしいと心から願っています。
参考
1 慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス おかしら日記|「研究は戦争を止められないのか」廣瀬陽子
https://www.sfc.keio.ac.jp/deans_diary/016182.html?fbclid=IwAR14wlRxeuFZ2eycdlqIbx4dySSyv0Dep7YT1MvFfqKWl4m_ELXXO4Z7vjA
2 文藝春秋digital|「第三次世界大戦の発火点」中西輝政
https://bungeishunju.com/n/n8bd7bf398d0c
著者プロフィール
藤巻秀樹
1979年東京大学文学部フランス文学科卒業、日本経済新聞社入社。パリ支局長、国際部次長、経済解説部次長、神戸支局長などを経て編集委員。愛知県保見団地、東京・新大久保など外国人集住地域に住み込み取材をした長期連載企画を執筆。2014年~2020年北海道教育大学国際地域学科教授。現在は筑波学院大学非常勤講師。専門は欧州政治、多文化共生論。主な業績に『「移民列島」ニッポン―多文化共生社会に生きる』(藤原書店、2012年)、『開かれた移民社会へ』(共編著、藤原書店、2019年)、『パリ同時多発テロとフランスの移民問題』(日仏政治研究第10号、2016年)など。
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民族から考えるウクライナ危機
北海道大学スラブ研究センター共同研究員 荒井幸康
ウクライナとロシアは「兄弟民族」と言われ、ロシアから見れば、ウクライナやベラルーシの人々が話している言葉は方言であると思われています。
また、300年もの間、ウクライナはロシアに統合されていたため、ウクライナ人はロシア全土にいます。中でも、隣接したヴォルガ川下流域辺りに移民した人々は、ウクライナ語の言語的特徴を保ったままロシア人意識を持っていたりします。名字を見てもウクライナ人か、ロシア人か判断できないことが多くあります。
民族あるいはエスニックのアイデンティティというのは非常に難しいものです。
というのも、民族やエスニックグループの意識は差異の中に生まれるもので、差異を強調する限りにおいて、Aとは違うBという民族あるいはエスニックグループ足りうるからです。差異のマーカーは多様なものがあります。宗教や人種、生活様式あるいは文化というものが思い浮かびますが、その中でも言語は特に、グループを形成するときに共通しているほうが集団を保持しやすいという意味で、非常に重要なマーカーになっています。
なお、差異の強調といいましたが、それは自らが行うこともあれば、別の誰かに強いられて行われる場合もあります。
ウクライナに関しては差異の強調は自発的なもので、周辺の民族の中で歴史的な経緯からロシアとの差異をより強調していると考えられます。両者は同じ正教を信じる人々を中心としているので、差異のよりどころは文化であり、その中心となる言語だと考えられます。
プーチンが昨年7月に論文まで書いて「ウクライナとロシアはひとつの民族だ」と主張し、今回のような軍事行動を起こした背景には、そのような差異をないものにしよういう考えが伺えます。
ロシアとウクライナの間に決定的な差異を実体化させたソ連時代の民族政策は「誤りである」とプーチンは評価しています。「ウクライナ」は、もともと「辺境」という意味を持つ一般名詞でした。それがその後、民族として、そして独立後は国家としてその実体を持ちます。
逆に、多文化社会の視点に立つと、ソ連時代の初期の民族政策は肯定的な評価ができるものかもしれません。ウクライナや他の少数民族に領域を持たせ、政策を担える実体として民族幹部を成立させるため、圧倒的に優位であったロシアとの民族間の格差を積極的に是正する政策をとりました。
以下では現在のウクライナとロシアの民族関係が形成されるに至った経緯について考察していこうと思います。
ウクライナ語はウクライナに住む人々にどれほど重要だったのでしょうか?
19世紀から20世紀、ロシア語の多くの文学作品が生まれましたが、その中にはウクライナ出身の作家によるものもあります。ゴーゴリ(1809-1852)やM.ブルガーコフ(1891-1940)といった著名な作家もウクライナ出身であり、現在に至ってもウクライナにいながらロシア語で作品を書く作家もいます。読者人口が1億を超える言語で書くことはやはり魅力なのです。
一方、ウクライナ語の文学作品については、18世紀の終わりにはI.コトリャレーウシキー(1769-1838)、19世紀にはウクライナ最大の詩人と称されるタラス・シェフチェンコ(1814-1861)などの作家が現れました。しかし、ウクライナ語は「いなかのことば」とみなされており、文章語としてはまだ機能しているとはいえない状況でした。
ウクライナ語が社会的機能を拡大していくのはロシア革命以後のことです。
10月革命(1917年)による権力奪取の際、ソ連政府は「民族自決権」というスローガンを唱えました。とはいえ、それらの民族の支持を取り付ける必要があったために採用されただけで、実際にはなんのモデルも提示してはいませんでした。多くの民族のナショナリズム運動に直面する中で、最終的に「民族自決権」の維持を決め、実効性を持たせる方策を必死に模索し、最終的に、領域的自治を与える方法が選択されたのです。
1923年、党大会および民族政策に関する党中央委員会の特別協議会で、民族の4つの形式-民族領土、民族語、民族エリート、民族文化-が確認されていきます。
一方でウクライナでは独自の民族運動が展開されており、ウクライナ人民共和国(1917-1920)の建国が宣言されますが、結局は短期間で潰されてしまいます。
ウクライナを再び手中にしたソ連政府は、ウクライナ全土でウクライナ語の優遇政策を行い、ナショナリズムの高鳴りを鎮めようとします。
これはその後、ソ連のさまざまなところで展開されることになる「土着化」と呼ばれる政策の端緒となります。政策が基調としているのは、先ほど述べた民族の4つの形式-民族領土、民族語、民族エリート、民族文化-です。その一環としてウクライナ語をその領域において使えるようにするという目標が立てられました。
この政策には、この地に留まるロシア人からも、都市に住みロシア語が話せるウクライナ人からも疑問の声が上がります。曰く、農村から都市に来ればウクライナ人はロシア語で話すようになる、このような政策が逆に統合の支障とはならないかと。
他の民族地域でも同じような疑問を呈する意見が多く上がってきました。しかし、土着化政策は断行されます。ロシアは他の民族の文化や言語を抑圧してきたのだから是正すべきで、民族語を積極的に使用させることで、過去のツァーリ政府の行いの償いをする、それが政策の中核にある考え方でした。これが4つの民族形式の中で民族語が取り上げられる意味です。ウクライナでは、そのモデルケースとして、学校や職場などでも積極的に「ウクライナ語化」政策が行われていきました。
ただ、この政策もあるところで限界を迎えます。ウクライナと領域外の中央政府とをつなぐ連邦機関においての言語使用の問題でした。結局は、1928年頃に連邦機関での作業言語はロシア語のみとなり、ウクライナ語を推進する政策は後退します。
その後、ロシア語の使用は一層進み、ウクライナ語話者はロシア語とのバイリンガルになっていきました。一方、ウクライナ語は民族の象徴としてその地位を保ち続け、「いなかのことば」というイメージも払拭されていきました。
民族エリートの登用はその後も続き、その民族領域で政策を担う人材が、ウクライナだけでなく、他の民族の自治領域でも育っていきました。政策運営に使った言語は必ずしも民族語ではないのですが、彼らはソ連が崩壊した後、それぞれの国家を担うエリート層になっていきます。
1991年にソ連が崩壊し、ウクライナは独立した国家となりました。
独立後は、ウクライナでは国家語であるウクライナ語の育成を再び始めます。
ただ、別々の国になって以降も交流は続きます。ウクライナの歌手がロシアでコンサートを開くこともありましたし、ロシアのテレビが開催する素人がチーム対抗で競うお笑い番組がウクライナで開催されるということもありました。
しかし、2014年にウクライナでマイダン革命あるいはウクライナ騒乱が起き、ロシアが軍事介入してから後は、かなり関係が冷えたものになり、交流も行われなくなっています。
こうして今年2月24日、戦争が起こってしまいました。
2014年以降、ウクライナでは民族意識というよりはロシア語話者を含めた国民意識が高まり頑強な抵抗が続いています。
「敵」という意識は、人々のロシア語への意識も変えつつあり、日常的に話す言葉をロシア語からウクライナ語に切り替えるという動きが戦争直後から多く出始めました。SNSでも次々とそのような人々が現れてきている様子がうかがえます。
プーチンが起こしたこの戦争は、彼の期待した「民族の再統合」という目論見とは真逆の、ウクライナの人々をさらにロシアから距離を置く方向へ追いやることになってしまったように思います。
このような中、平和だったら来るはずもない人たちが避難民としてヨーロッパ諸国や日本に来ることになってしまいました。
今回はウクライナをめぐる民族関係をロシアとウクライナの関係を中心にお話ししました。戦争が起こり、避難民が生まれた背景の一端を説明したつもりです。
今は早く平和が戻ってくることを祈りたいと思います。
参考
テリー・マーチン 『アファーマティヴ・アクションの帝国 ――ソ連の民族とナショナリズム、1923年~1939年』 明石書店 2011
著者プロフィール
荒井幸康
1994年大阪外国語大学外国語学部モンゴル語科卒業、2004年一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995~1997年国立イルクーツク外国語教育大学講師(ロシア連邦)、2004年~2005年モンゴル発展調査センター客員研究員(モンゴル国) を経て、現在、北海道大学スラブ研究センター共同研究員。専門は社会言語学(言語政策)、モンゴル学(20世紀以降の知識人層の形成史及び社会史)。著書に『「言語」の統合と分離 1920-1940年代のモンゴル・ブリヤート・カルムイクの言語政策の相関関係を中心に』三元社(2006年)、『聖書とモンゴル 翻訳文化論の新たな地平へ』(共著)教文館(2021年)等。
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外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング
:ウクライナ避難民から考える
明治学院大学社会学部社会福祉学科
教授、Ph.D. 明石留美子
ウクライナ避難民に関するデータ
第Ⅲ部ではウクライナに焦点を当てることから、まず、ウクライナ避難民について概観したいと思います。2022年2月24日のロシアによるウクライナへの侵攻開始以降、近隣諸国(ロシア、ポーランド、モルドバ、ルーマニア、スロバキア、ハンガリー、ベラルーシ)に移動したウクライナ人は、2022年7月現在、900万人を超える一方で、ウクライナに留まる国内避難民も600万人以上に上っています(UNHCR, 2022)。ウクライナからの入国者が最も多い国はロシア(160万人)で、次いでポーランド(120万人)です。日本には、2022年7月18日現在、1,565人の避難民が入国していると報告されています(表1)(出入国在留管理庁、2022)。
日本で暮らすウクライナ人の生活課題
日本で避難生活を始めたウクライナ人はどのような課題を抱えているのでしょうか。メディアによる報道や支援を展開している自治体や団体によると、日本語の壁、就労、子どもの教育、心のケアに加え、身元保証人が存在しないためにビザの取得が難航する、身元保証人がいるために国の生活支援(12歳以上への日額2,400円の生活費および16歳以上への一時金16万円の支給)の対象外になるなどの支援制度の課題も見えてきています。いつ帰国できるのか、いつまで日本に滞在するのかなど、先の見えないウクライナ避難民のウェルビーイングはどのように説明することができるのでしょうか。
ウェルビーイングとは
ウェルビーイングという言葉を目にすることも多いですが、ウェルビーイングはどのような状態を表すのか考えてみたいと思います。ウェルビーイングとは、辞書では幸福、安寧、健康、身体・精神的・社会的に良好な状態、福祉、特に社会福祉が充実し満足できる生活状態にあることなどと説明されています。ウェルビーイング=幸福と考えられることも多いですが、厳密には両者は異なる概念です。WHOはウェルビーイングを「個人や社会が経験しているポジティブな状態を意味し、日々の生活の源で、社会、経済、環境面での状況によって規定される」と説明していますが、このようにウェルビーイングとは多元的な概念であることが研究者間の共通認識となっています。一方、幸福とは、短期的な感情を表す概念であると認識されています。もう一つ理解しておく点として、ウェルビーイングを構成する要素には客観的要素(例:健康状態を示す各種数値)と主観的要素(例:個人の健康感)があるということです。これまでのウェルビーイング研究において多様な個人にも共通する要素が見出されていますが、本稿では、当事者の視点から主観的ウェルビーイングに焦点を当て、日本で暮らす外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングを検討したいと思います。
欲求階層説から見る主観的ウェルビーイング
ウクライナ避難民をはじめ、日本で暮らす外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイングを、心理学者であるアブラハム・H・マズローの欲求の階層説(表2参照)を用いて整理したいと思います。マズローの欲求階層説は1943年に発表された古典であり、西洋的な価値判断に基づいている、経験的実証に不足するなどの批判はあるものの、現在でも経営学や看護学を含め、様々な研究において言及されており、外国人のウェルビーイングを整理し説明するうえで有用であると考えます。マズローによると、人はまず生理的欲求を追求しそれに満足すると、新たな欲求が出現し、最終的に自己実現を追い求めるとされています。

欲求階層説からウクライナ避難民について考えると、命の危険に晒されていたウクライナの地を離れ日本で支援を受けながら暮らしている状態は、彼らの生理的欲求に応えていると考えられます。しかし、日本語でのコミュニケーションの壁に直面し、仕事に就くこともままならない状況では、彼らの安全の欲求は完全に満たされているとは言えません。多くの自治体、企業、NPOなどが支援を申し出ている一方で、都道府県別に見ると受け入れ人数が10名に満たないところもあり、身元保証人のいない避難民も一定数(2022年7月17日現在127人)存在しているという実態は、所属と愛の希求が難しい状況と考えられるでしょう。また、帰国の目処が立たず、第三国に移動するのか、このまま日本に定住するのかも不透明な現状では、承認や自己実現への欲求を満たすことは困難であると考えられます。
では、ウクライナ避難民から目を転じ、日本で暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々について考えてみたいと思います。筆者は、日本に逃れてきたロヒンギャ女性の生活課題について調査を行ったことがあります。難民または家族滞在として来日し、定住者としての在留資格を得ている彼女たちにとって、マズローが説く生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求は充足されていることは明らかでした。集住している彼女たちはロヒンギャ・コミュニティへの帰属意識が高く相互支援が成り立っていましたが、日本のコミュニティにおいては関係性を構築すべく努力を重ねており、承認の欲求の充足まで辿り着いていないと判断しました。データを分析すると、女性たちの最大の課題は、日本語に不自由はないが外見の異なる子どもたちが、将来、日本の子どもたちと同じように自己実現できるかにありました。「私たちも頑張るので、日本の人たちにも私たちを受け入れる努力をしてほしい」との言葉に、私たち受け入れ側の意識の課題でもあることに気付かされました。
多文化共創には私たち日本人の意識も大切
筆者は、日本の大学生たちの多文化意識を調査してきましたが、外国人や外国にルーツのある子どもたちの教育や教育支援に賛成かを問う質問では、小中学校の義務教育(外国人にとっての義務教育はない)については賛成派の回答が多いものの、高校、大学へと進むにつれ、賛成派は減少することが明らかになりました。外国人や外国にルーツをもつ人々が日本で自己実現していくためには、私たち日本人の意識が大いに影響すると考えます。外国人も外国にルーツをもつ人々も、私たち日本人と同様に、ウェルビーイングを希求しています。自己実現していく機会を、私たちは彼らにも平等に保証しているのかが問われます。日本には、在留資格を得ることが困難なクルド人、タリバンから追われ支援もないまま日本で避難生活を送っているアフガニスタン人もいます。ウクライナ避難民への支援が、他の外国にルーツのある人々への気づきにつながっていくことを願っています。
最後に、第Ⅲ部の構成について紹介して本稿を終えたいと思います。第Ⅲ部では、ウクライナとロシアとの関係性を民族から(荒井幸康氏)、そして先進諸国を含めた国際関係から(藤巻秀樹氏)考え、ウクライナ危機について理解を深めます。続いて、トルコ(伊藤寛了氏)、イギリス(大山彩子氏)、アメリカ(山口美智子氏)、日本のウクライナ避難民に焦点を当て、グローバルな視座から彼らのウェルビーイングを考え、最後にウクライナ危機の動向を見守りながら総括(川村千鶴子氏)していく予定です。インターネット配信の特性をフルに活かして、刻々と変化するウクライナ情勢を注視し、外国のコミュニティで暮らすウクライナ避難民の状況から、日本で暮らす外国人や外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング、彼らとの共創社会の実現を祈念して第Ⅲ部が進んでいくことを願っています。
参考
1 Kim-Prieto, C., Diener, Ed, Tamir, M., Scollon, C., & Diener, M. (2005) Integrating the diverse definitions of happiness: A time-sequential framework of subjective well-being. Journal of Happiness Studies (2005) 6:261-300
2 出入国在留管理庁(2022)ウクライナ避難民に関する情報
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/01_00234.html
3 UUNHCR (2022) Operational Data Portal: Ukraine Refugees Situation.
https://data.unhcr.org/en/situations/ukraine
4 World Health Organization (2021) Health Promotion Glossary of Terms 2021. Geneva: World Health Organization.
著者プロフィール
明石留美子
明治学院大学社会学部社会福祉学科教授。専門は国際福祉、多文化共生・多文化共創、女性の就労と子ども、ウェルビーイング。UNICEF、国際協力機構、世界銀行東京事務所に勤務し、リベリアで子どもへの支援、フィリピンで貧困緩和などの国際協力に従事した後、コロンビア大学大学院スクール・オブ・ソーシャルワークに留学し、高齢者福祉と国際福祉を学ぶ。その間、カンボジアのNGOでストリート・チルドレンの支援に携わる。2001年にニューヨーク州修士号レベル・ソーシャルワーカーの免許を取得。Ph.D.(社会福祉学博士)。
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外国人雇用におけるビジネスと人権 ―移住労働者の脆弱性に着目して―
弁護士法人Global HR Strategy 代表社員弁護士 杉田昌平
1.はじめに―外国人雇用への期待
日本における外国人雇用への期待は高まっています。この背景には、日本企業の国際化が進み、国籍に関係なく優秀な方を採用したいと考える企業が増えたことや、日本の生産年齢人口が減少するという社会の担い手不足から外国人を雇用する企業が増えたこと等があります。
外国人雇用への期待は、統計にもあらわれています。厚生労働省が公表する統計 1 によれば、2021年10月末時点では、約173万人の外国人が日本で働いてくれています。この数字は、同統計が始まって以来の最高値です。新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年から国際的な人の往来が制限されていましたが、それでもなお、外国人雇用の数が増加したことは、それだけ、日本社会の外国人雇用に寄せる期待が高いことを示していると思います。
2.外国人雇用における論点―制度に注目すべきか?
このような外国人雇用の増加に伴い、外国人雇用に関する報道等も増加しています。そして、あってはならないことがですが、外国人の人権を侵害するような暴力を伴う事件が発生し、報じられることもあります。
さて、このような外国人の人権侵害を生じさせるような事件は、なぜ生じるのでしょうか。外国人も日本にいる労働者である以上、労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法といった労働関係法令は日本人と同様に適用されます。日本人と同様に労働関係法令は外国人にも適用されるのにもかかわらず、なぜ、外国人に対する人権侵害は生じるのでしょうか。
この点について、日本では、技能実習制度のように受入国である日本の固有の制度に注目して考えることが多いように思います。しかし、制度以外に原因はないのでしょうか。
技能実習制度は、国際的に見ると、在留の上限を設けて移住労働者を受け入れるTemporary Labor Migration Programs (TLMPs)に分類されます。その他に、「特定技能1号」での受入れ制度や、韓国の雇用許可制(Employment Permit System, EPS)についても、同様にTLMPsに分類されます。そして、TLMPsについては、在留の上限を設けることや、一定の転職に対して制限を設けること等の共通した特徴があります 2 。このようなTLMPsという制度グループで見た場合、移住労働者を脆弱な立場に追いやる脆弱性の要因は共通します。
また、Government to Governmentによる無償斡旋のフレームワークを持つ韓国の雇用許可制においても、技能実習制度で指摘されるような入国前借金の問題が生じていることを指摘する研究があります 3 。このような研究による指摘は、技能実習制度や韓国の雇用許可制の背後の共通する別の入国前借金を生じさせるメカニズムがあることを示唆します。そして、日本であれ他の国であれ、そこで働く移住労働者が借金をしていれば、やはり移住労働者は脆弱な立場に追いやられることになります。
本稿では、世界の他の制度でも見られる現象であるから技能実習制度や特定技能制度といった固有の制度を肯定したいという趣旨はありません。技能実習制度が原因で人権侵害が生じているのであれば、それは予防され救済されるべきであり、制度も見直すべきです。しかし、個々の人権侵害と原因との因果関係を精査しなければ、制度の改廃を行ったとしても本当に実現したい移住労働者の権利擁護につながらないのではないか、というのが本稿の問題意識です。
3.移住労働者の脆弱性―国境を越えて働くということ
それでは、受入国の制度以外にも人権侵害が生じる原因があるとすればそれは何でしょうか。
移住労働者が弱い立場に追いやられる原因は、言語、性別、国境を越えて働くこと、非正規労働者であること等様々な要因があります。
このような、移住労働者が弱い立場に追いやられる原因について、IOMでは、移民の支援・保護に関するハンドブックの中において、脆弱性要因(Determinants Of Migrant Vulnerability (DOMV))による分析モデルの説明を行っています 4 。
移住労働者は、特にアジアを中心とした移住仲介機能が介在する国際労働移動においては、①送出国の出身地域でのリクルート、②送出国内で出身地域から都市部への移動、③送出国都市部から受入国への移動、④受入国内での就労・移動、⑤受入国から送出国への移動というプロセスを経ることが多いです。
この国際労働移動のプロセス全体において、移住労働者の脆弱性要因は存在します。例えば、代表的な移住労働者の脆弱性要因である入国前借金は①から③の間に生じます。ですが、①から③は、主に送出国内の事象であるため、受入国の制度を変更したとしても、当該課題に対しての解決策になるかは疑問です。
また、移住労働者の脆弱性は、入国前借金のように移住労働者固有の脆弱性と、日本人と共通する脆弱性があります。日本人と共通する脆弱性は、例えば、非正規労働者としての雇用の不安定さ等があります。「定住者」のように、在留期間の更新の上限もなく、勤務先も限定されていない在留資格で労働者の受入れを行った場合でも、派遣労働者のように非正規労働者として働く場合、やはり、脆弱性要因を持つことになります。
そして、移住労働者は、移住労働者固有の脆弱性要因と日本人と共通する脆弱性要因をもち、この双方の作用により、凄惨な人権侵害が生じるのではないかと思います。
移住労働者の国際労働移動のプロセスにおける脆弱性要因はできる限り取り除かれるべきで、最小化すべきです。他方で、全ての脆弱性要因を取り除くことは現実的に著しく困難であるとも思います。では、どのようなアプローチがあり得るでしょうか。
4.ビジネスと人権―脆弱性要因と現実とのギャップを埋める
企業活動の国際化により、企業活動が社会や環境に与える影響が強まりました。このような国際情勢を背景に、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会において承認されています。
ビジネスと人権の指導原則は、「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」の3つの柱からできています。企業も、企業活動において人権を尊重し、人権侵害を回避し、発生させた人権に対する負の影響に対処することが求められています。
ビジネスと人権の指導原則は、対象とする人権は国際法ですが、ビジネスと人権の指導原則自体は、いわゆるソフトローです。ビジネスと人権の指導原則は、その形成過程や内容において、ソフトローだから法令遵守の対象ではない、といった整理ができるものではありませんが、ビジネスと人権が持つ、移住労働者に対する意味を考えてみたいと思います。
移住労働者に関する国際労働移動のプロセス全体において、脆弱性要因が存在するというのは前述のとおりです。
ですが、この脆弱性要因は、受入国と送出国の法令を遵守しているだけでは、なくなりません。この狭義の意味における法令遵守をしたとしてもなくならない移住労働者の脆弱性に対する対処の指針となるのが、ビジネスと人権だと思います。それぞれの企業が企業活動において、どのように人権を尊重するかは、企業が人権方針(人権ポリシー)を作成し、企業の意思により決定します。この人権方針を作る過程で自社の人権に対するコミットメントの水準が明らかにされていきます。すると、移住労働者の脆弱性についても、受入国と送出国の法令遵守という狭義の法令遵守と自社が達成しようとした人権への取り組みとの間にギャップが生じます。このギャップを埋めていくのがビジネスと人権による取り組みではないでしょうか。
移住労働者の脆弱性をなくすことはできないかもしれません。ですが、そして、だからこそ、移住労働者の脆弱性を利用しない/利用させないことが重要です。各企業がビジネスと人権の観点から、人権方針を持ち、意思を持ってこの移住労働者の脆弱性への対処をするようになると、移住労働者の課題は一歩前進するのではないかと思います。
参考
1 厚生労働省|「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和3年10月末現在)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23495.html
2 Daniel Costa and Philip Martin’ Temporary labor migration programs Governance, migrant worker rights, and recommendations for the U.N. Global Compact for Migration’
https://www.epi.org/publication/temporary-labor-migration-programs-governance-migrant-worker-rights-and-recommendations-for-the-u-n-global-compact-for-migration/
3 加藤真「現地調査からみる韓国・雇用許可制の実態「フロントドア」からの受入れでもみられるブローカー、入国前借金、厳しい労働環境」
https://www.murc.jp/report/rc/policy_rearch/politics/seiken_210514/
4 IOM ‘Handbook on Protection and Assistance to Migrants Vulnerable to Violence, Exploitation and Abuse’
https://publications.iom.int/books/iom-handbook-migrants-vulnerable-violence-exploitation-and-abuse
著者プロフィール
杉田昌平
弁護士(東京弁護士会)、入管取次弁護士、社会保険労務士。慶應義塾大学大学院法務研究科特任講師、名古屋大学大学院法学研究科日本法研究教育センター(ベトナム)特任講師、ハノイ法科大学客員研究員、法律事務所勤務等を経て、現在、独立行政法人国際協力機構国際協力専門員(外国人雇用/労働関係法令及び出入国管理関係法令)、慶應義塾大学法務研究科訪問講師。
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地域社会と技能実習生
―愛媛県国際交流協会による
ICTを活用した日本語学習支援事業を事例として―
東海大学教養学部人間環境学科 教授 万城目正雄
1.はじめに
近年、技能実習生として来日する外国人が増加しています。その多くはアジア諸国の若者たちです。厚生労働省の調べによると、コロナ禍における出入国管理の厳格化等に伴い、その数は、2019年のピーク時(38.4万人)よりも減少しましたが、2021年は約35.2万人(毎年10月末現在)。日本で働く外国人のおよそ5人に1人にあたります。技能実習生は、入管法上の「技能実習」の在留資格をもって、最長5年の期間において、日本企業の生産現場等で実習(インターンシップ)を行います。製造業を中心に、特に地方の中小企業等で多くの技能実習生が受け入れられています。
地方経済・地域社会における技能実習生の存在感が高まる中、彼らの日本での生活をサポートしようとする各地の取り組みが報告されるようになっています。
そこで、「多文化共創とコミュニティ」をテーマとする本コラムの2022年6月号では、公益財団法人愛媛県国際交流協会(以下、県国際交流協会)が行うICTを活用した技能実習生への日本語学習支援の取り組みにクローズアップしたいと思います。
2.県内在留外国人の約半数が技能実習生
全国的にみると、日本で働く外国人は、大都市圏に集中する傾向が見られます。厚生労働省の「『外国人雇用状況』の届出状況」を確認すると、日本で働く外国人は172万人(2021年10月末現在)。その約半数(45%)が、東京都、大阪府、愛知県の3都府県の事業所で勤務しています。それと対照的なのが、技能実習生といえるでしょう。技能実習生は、地方の地場産業を支える貴重な担い手として、受入れが拡大してきました。
今回クローズアップする愛媛県にも多くの技能実習生が受け入れられています。その数は、県内在留外国人12,931人の約半数にあたる5,975人(2021年6月末現在、出入国在留管理庁「在留外国人統計」)。県国際交流協会の資料によると、県都である松山市以外のすべての自治体で技能実習生が最多(2019年4月現在)という地域分布となっています。
3.オンラインで繋ぐ日本語教室をスタート
文化庁は、生活者としての外国人を対象とした日本語教室が開設されていない地域を「日本語教室空白地域」と表現しています。同庁の調べによると、日本語学習を必要とする外国人が在留しているにもかかわらず、日本語教室がない市区町村は、全国の約6割に当たる1,133。約58万人の外国人住民に日本語教育を受ける機会が十分に提供されていないと指摘しています(2020年11月時点)。
県国際交流協会の資料によると、愛媛県内20市町のうち 13 市町が「日本語教室空白地域」。日本語学習の支援団体や人材は県内の都市部に偏在し、県内には身近に日本語学習の機会がない外国人住民も少なくないといいます。特に、在留外国人の約半数を占める技能実習生は、その多くが都市部から離れた地域で暮らしています。そのため、地域住民との接点が少ないうえ、継続的に日本語教室に通学することが困難な状況にあることが課題となっています。
そこで、県国際交流協会は、身近に日本語教室がない「日本語教室空白地域」の技能実習生を対象に、ICTを活用したウェブ会議システムによる遠隔地での日本語学習支援(日本語教室)をスタートしました。松山市内と島しょ部や農村部などの遠隔地をデジタルで繋ごうという試みです。
2020年は、学習者のレベルに応じて2つのクラスを開設。約3か月間、毎週日曜日の夕方に計10回のオンライン授業を実施しました。教師は、県内の大学からの協力を得て、日本語教師の資格を有する大学の非常勤講師が担当。瀬戸内海側、県東北部に位置する今治市および同市の島しょ部で造船業や食品製造業などに従事している合計20人のフィリピン人、中国人の技能実習生等が自宅からウェブ会議システムにアクセスし、松山市内からオンラインで配信される日本語教室に参加したといいます。
4.オンライン日本語教室の成果
県国際交流協会の取り組みは、様々な成果をもたらしたことと思いますが、ここでは、以下の3点について、お伝えすることにしたいと思います。
第1は、ICTを活用し、県都松山市と遠隔地をオンラインで結んだ日本語教室の開設に成功した点です。これにより、通信環境さえ整っていれば、たとえ遠隔地であっても交通費等の経済的負担をかけることなく、技能実習生は日本語教室に通うことができることが示されました。遠隔地との時間・距離・資金の問題を同時に解決する新たな日本語学習モデルです、愛媛県に限らず、技能実習生は市街地よりも、企業の生産工場や農場がある郊外で暮らしていることの方が多いという実情にあります。県国際交流協会の取り組みは、他地域でも応用可能な、新たな日本語学習モデルを提示したといえるでしょう。
第2は、関係者との協力関係です。県国際交流協会の担当者は、県内外の国際交流協会や有識者、地域の日本語学習支援団体、日本語教師、ボランティア、監理団体、企業担当者、技能実習生から「日本語」を切り口にした現場の話を聞いたほか、一連の取り組みについて自治体等にもフィードバックしたといいます。関係者を巻き込んだ事業展開が、新たな挑戦を成功へと導いたといえるでしょう。
もちろん、遠隔地にいる技能実習生がオンラインの日本語教室にアクセスするためには、監理団体および実習実施者(受入れ企業)の理解と協力も欠かせません。特に、コロナ禍でウェブ会議システムによる日本語教室を開設することができた背景には、県国際交流協会の担当者が、コロナ禍前から関係者の話を聞き、協力関係を構築するなど、入念な準備を進めていたことがあることも忘れてはならないことです。
そして、第3は、技能実習生への効果です。オンライン日本語教室の効果は、自らの将来のために、あるいは、日本語能力検定試験に向けて、日本語を学びたいという技能実習生の学習ニーズにこたえるだけではなかった副次的な効果をもたらしたといいます。
技能実習生に限られたことではないかもしれませんが、会社に勤務する毎日は、家と職場を行き来するだけの単調な毎日になりがちです。
しかし、オンライン日本語教室に参加したことにより、他社の技能実習生や職場以外の日本人と接点を持つことができるため、単調な生活から脱却できる良い機会にもなったといいます。SNSを併用し、オンラインでつながった技能実習生たちが、日本語で自分たちの学習成果を発表しています。そのSNSに掲載されている多くのあふれる笑顔の写真から、日本語教室の充実ぶりがうかがえます。日本語学習を通じた技能実習生の生活の充実が、実習のモチベーションと成果向上へとつながることも期待されます。
5.日本語学習支援から地域住民との交流、そして、地域社会づくりへ
ウェブ会議システムによる日本語教室は、2021年には、農業分野の技能実習生が多い県南部に対象を広げ、フィリピン人、中国人、ベトナム人、ブータン人も参加して実施されたといいます。そして、2022年は、ウェブ会議システムによる日本語教室を開設して3年目を迎えることとなります。県国際交流協会の担当者は、当初の目的であった日本語を習得する学習機会の提供から日本語学習というフィルターを通じた地域とのつながりづくりに事業の目的が変容しつつあると指摘しました。
日本語教室が、単に日本語学習の機会を外国人住民に提供する場として機能するだけではなく、地域住民と外国人が交流する場へと発展させることにより、コミュケーションを通じた相互理解につなげることが求められているといいます。そして、それを実現させるためには、地域住民が授業に参加できる定期訪問をプログラムに盛り込む工夫とアイデアが求められているというのです。
愛媛県発の日本語学習支援モデルが、地域住民と外国人の双方がやさしい日本語で伝え合うコミュニケーション力を育み、多文化と多様性を包摂する地域社会づくりの場へと発展することが期待されます。
6.おわりに
一般財団法人自治体国際化協会(以下、クレア)は、「多文化共生のまちづくり促進事業」を実施しています。文化的背景を異にする人々が共生・協働する社会の構築を推進するために、地方公共団体や地域国際化協会等が実施する多文化共生を推進する事業に対し、助成金を交付する事業です。今回のコラムで紹介した県国際交流協会による「ウェブ会議システムによる遠隔地での日本語学習支援事業」は、クレアの助成を受けて実施されたものです。
県国際交流協会の担当者は、「単に、日本語を習得するための教室をオンラインに置き換えるだけでなく、それを地域づくりに結びつけていきたい」と述べています。
技能実習生として来日したアジアの若者が、地方経済・地場産業で活躍するシーンが増えています。同時に、技能実習生が日々の生活を送る地域社会では、彼らをサポートしようとする支援の輪が広がっています。それは、日本語学習支援のみならず、スポーツイベント、レクリエーション、シンポジウムなど多岐にわたるようになっています。
地域社会による支援活動は、技能実習生と地域住民が交流する機会を創出し、相互理解の場へと発展する可能性を持っています。これは多様性と包摂性を持った持続可能な地域社会を共に創る「多文化共創社会」に向けた地域の基盤につながるものではないでしょうか。その意味でも、県国際交流協会の挑戦から学ぶべきことは多いといえるでしょう。
参考
1 公益財団法人愛媛県国際交流協会
http://www.epic.or.jp/index.php
2 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生のまちづくり促進事業
http://www.clair.or.jp/j/multiculture/kokusai/page_8.html
3 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生事業事例集(愛媛県国際交流協会 令和2年度助成事業)
http://www.clair.or.jp/j/multiculture/docs/h-ehime.pdf
著者プロフィール
万城目正雄
東海大学教養学部人間環境学科教授。専門は国際経済学。著書に『移民・外国人と日本社会』(共著、原書房、2016年)、『インタラクティブゼミナール新しい多文化社会論』(共編著、東海大学出版部、2020年)、『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応(シリーズ検証・アジア経済)』(共著、文眞堂、2021年)等がある。
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多文化共生に必要なメディア知識・メディア倫理
ジャーナリスト 増田 隆一
はじめに
インターネットが使われはじめて、かれこれ30年近くが過ぎました。
パソコンがなければ、さらにはデジタル回線を持っていなければ、ウェブの情報に簡単にはアクセスできなかった初期のインターネットと比べると、小学生でさえもスマホやタブレットで検索作業を普通にしている現代は、「情報爆発の時代」と呼んでもいいでしょう。
1995年以前は、メディアといえば「新聞」「雑誌」「ラジオ」「テレビ」を意味しました。今ではあまり使われなくなりましたが、”マスコミ”という単語でひとくくりにされ、その影響力は絶大でした。
ところが昨今、出版ビジネスは存亡の崖っぷちに立たされ、新聞は一般紙もスポーツ紙も、宅配購読者の離反が止まりません。
ラジオ局は地方で倒産するところが出始め、民放テレビは地域を問わず年間総収入が年々下がり続けています1。
30歳以下の人たちで「家にテレビがない」という人が、どんどん増えています2。「ラジオという電気製品を見たことがない」という小学生も珍しくありません3。スマホとタブレット、パソコンが彼らにとって、メインの情報源なのです。
今、多文化共生を語るうえで、社会=コミュニティを形成するパワーとして、人どうしの、あるいは社会の中でのコミュニケーションが、どのような形で行われているかを知ることは、極めて重要といえるでしょう。
そのコミュニケーションツール=情報メディアの現在のかたちについて、少しご説明しましょう。
1.メディアとは何か
2000年ごろまでは、インターネット上に掲示される情報は限定的で、その到達内容も単純でした。しかし、スマートフォンの出現(特に、アップル社から2007年に発売されたiPhone)とともに、アプリで表示される膨大な情報が、利用者の情報共有の手段として、世界的に一般化します。それまでは「単なる新技術」に過ぎなかったインターネット情報(IP情報)が、”基本情報プラットフォーム”になりました。

この「ライフスタイルの変貌」が、”メディア”という言葉の意味を根本的に変えてしまいました。
それまでは「メディア」といえば、印刷や放送などといった”情報転送の手段=技術”と一体化していましたが、IP情報は出口のスタイルを問いません。スマホでもパソコンでもいいし、メガネや時計でも可能です。開発する気になりさえすれば、コップの底や衣服の表面はもちろん、マンホールの蓋や地下鉄トンネルの壁にすら、情報を表示することができます。
つまり、メディアという単語は、「情報を伝える媒体」から「情報を伝えるスタイル」に、この10年ほどの間に、大きくその意味を変えたのです。
2.多文化共生とメディア
さまざまなルーツや文化的背景を持つ人々を相互に結びつけるには、まず互いにコミュニケーションを取り合う必要があります。社会の意識平滑化でも、異文化間での理解促進という意味でも、その重要度は変わらないでしょう。手袋の裏返しで、コミュニケーションが不足すると、相互理解は望めません。「同じだ」「違うんだ」と、それぞれのことを知り、お互いの考え方や感覚について、少なくとも”理解しよう”と思っていなければ、異文化間での意思疎通は進みません。
印刷物(ガイド本など)や、ビデオや音楽などの創作物によって、世界の国々に対する興味を、一般の人々にできるだけ広げるための努力が大切です。
ところが、先ほど申し上げたように、情報を載せるべき「メディア」のイメージがインターネット出現以前のままでは、肝心の”届けたい多数の人々”にまで、情報が到達しない可能性が高いはずです。
いくらチラシを刷っても、人の目に触れなければ効果はありません。
となると、「どのようなメディアで届ければいいか」というノウハウの、広く深いメディア知識=リテラシーが必要になるのです。
多文化共生を実現するためには、どのような情報発信が効果的なのでしょう?
3.サービス概要を決定する
不特定多数を到達先として情報サービスを行う場合、その情報提供が「多数を同時に満足させる」ことを意図しているのか、「利用者それぞれひとりひとりを対象としているか」は、中身が同じように見えても、運営の手法が大きく異なります。
さらに、情報の到達先=利用者が、どのような要件に基づいて構成されるかを、サービス提供側は十分に意識しながら想定しなければなりません。専門的には、この利用者の想定分類作業を「セグメンテーション」と呼びます5。
ラジオ・テレビでいえば、「子供番組」「若い女性対象」「シニア向け」など、年齢や性別で区別するケースがほとんどですが、多文化共生を実現するための情報サービスを考えると、もっと複雑な条件設定が必要でしょう。民族や文化圏だけでなく、宗教や食事などの生活環境、国土の気候や交通ルートなども、考慮の材料として重要なはずです。
どのような人々に、どのような情報を、どのような形でサービスするのか、を慎重に見定めなければなりません。
現時点の最強メディアは、スマホとパソコンであることは明白です。パソコン利用のホームページとスマホアプリの両方を運営することは、2022年現在の情報流通で、最も効果的かつ最大多数の利用者を獲得する、ごく基本的なアプローチと考えて差し支えありません。
その入り口がSNS=ソーシャルネットワーク(FacebookやTwitterなど)といえるでしょう。
4.マナーの重要性
自前のウェブサイトだけに限らず、ツイッターやFacebookなどのSNSを利用する場合も含めて、ぜひとも強く意識して頂きたい注意点があります。
ウェブ上での情報発信すべてに共通する危険性でもあります。
1)個人情報を保護する
何かを説明する際に「近しい友人だから」といって、個人が特定できる情報(モノ・場所・事物や固有名詞)を表示することは、できる限り避けましょう。どうしても必要な場合には、本人の承諾を得る必要があります。マナーのレベルを越え、刑事罰の対象になる場合があります。
2)一方的な表現を避ける
思想・信条はもちろん、事物や事件に対する論評を含めて、論調は中庸・中立を心がけ、対立する考えやグループが存在する場合には、そのバランスを明示したうえで、自説を述べねばなりません。一方的な陳述は多文化共生どころか、無用の軋轢を招きます。
3)誹謗中傷の排除
昨今は、ウェブ上での罵詈雑言も刑事罰の対象とされ、匿名性が高いシステムであっても、運営者に利用者名の開示が求められています。無記名の書き込みであっても、インターネット上である以上、特定が可能です。こういった運営上の倫理については、管理者だけが順守すればよいものではなく、関係者全てのマナーが必要です。このようなメディアの倫理感覚=エシックスは、ますます重要な社会知識になっています。
おわりに
包括的な理解が難しい「メディア」と、その「リテラシー・エシックス」を駆け足でご説明しました。
「ややこしそうだから……」と敬遠していては、使いこなすことができません。
とりあえず、FacebookとTwitterにアカウントを作り、知人・友人のネットワークを広げるところから始めましょう。
新しい全く未知の平原が目の前に現れること、請け合いです。まず、「きょうの昼ごはん」が、あなたの最初の投稿で構いません。
この文章がそのきっかけになることを、祈ってやみません。
参考
1 総務省|通信利用動向調査「民間放送事業における売上高の推移」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/field/data/gt030301.pdf
2 内閣府|消費動向調査
https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/menu_shouhi.html
3 エキサイトニュース|【カムカムエヴリバディ】今どきの小学生は「ラジオ」の存在すら知らなかった!?
https://www.excite.co.jp/news/article/AsageiMuse_excerpt_9408/
4 総務省|通信利用動向調査
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/statistics05a.html
5 AI Market|【広告業界のAI活用事例9選】オーディエンスセグメント最適化、クリエイティブ自動作成、ビッグデータ効果計測まで幅広く活用
https://ai-market.jp/industry/advertisement_ai/
著者プロフィール
増田 隆一
ジャーナリスト。京都大学工学部卒業。大阪ABC朝日放送を定年退職。
元インターネット事業部・メディア戦略部長で、スマホアプリ「radiko」をスタートさせた。
1987年〜91年ANNパリ特派員。「ベルリンの壁崩壊」「湾岸戦争」「ルーマニア革命」を現場からリポートした。
~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~
カレーにも 初夏の香りや ズッキーニ
増田 隆一
昨今は「ベジカレー」がトレンドだそうで、夏野菜のスープカレーが流行しています。ご当地カレーにも応用できそうです。
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ニューノーマル時代のダイバーシティ・マネジメントを考える
東京未来大学モチベーション行動科学科教授 郭 潔蓉
1.岐路に立たされる外国人雇用戦略
新型コロナウィルスが世の中の動きを一変させるまでは、少子高齢化による構造的な労働力不足が日本社会の大きな課題として浮上していました。中小企業を中心に労働力不足が原因となり倒産をしてしまう「人手不足倒産」の件数が年々増加し、日本経済の停滞につながることが問題視されるようになりました。
その打開策として大きな注目を集めたのが新たな労働力としての外国人雇用です。2018年12月の臨時国会において、在留資格「特定技能」の新設を柱とする「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が可決、成立し、2019年4月より人手不足が深刻化している特定の産業分野(14分野)において「特定技能」という資格での新たな外国人人材の受け入れが可能となりました。(図表1参照)
図表1:「特定技能」の資格概要

しかし、2020年より感染拡大したコロナウィルスの影響により、多岐に亘る産業分野において経済活動が停滞し、日本国内においても多くの人が職を失うという事態に発展しています。人手不足が課題となっていた産業分野の中にも、前年と様変わりして人余り傾向に転じた分野もあり、企業の人手不足感は2020年4月現在において、前年同期比「正社員」がマイナス19.3ポイント、「非正社員」がマイナス15.2ポイントと大きく減少しました。その一方で、従業員の過剰を感じている企業は前年同期比「正社員」がプラス13.5ポイント、「非正社員」がプラス14.8ポイントと増加しています 2 。加えて、コロナウィルス感染拡大予防の水際対策として新規入国規制が強化され、審査済証や査証を発給された人であっても入国停止となったことから、多くの資格保有者が自国待機を余儀なくされています。このようにパンデミックという予期せぬ事態により、日本における外国人雇用戦略は大きな岐路に立たされています。
2.withコロナ時代の外国人雇用
コロナ禍において未来の予測は困難であり、何が正しいのか解を導き出すことは容易ではありませんが、企業はコロナウィルス感染の収束を見据えて、徐々にポストコロナにおける経営体制の構築に取り組んでいます。
特にコロナ禍の外国人雇用においては、雇止めや契約不履行などの問題が顕在化しています。しかし、外国人雇用数の推移をみてみると、確かに2020年以降は伸び悩んでいますが、意外な事に微増で推移をしています。(図表2参照)「外国人雇用状況の届出状況」の提出の義務化が始まった2008年から一貫して外国人労働者の雇用数は増加をしており、2021年まで年率9.4%増で推移をしています。また、外国人を雇用している事業所の数は年々増加しており、コロナ禍においてもその数は増加の一途をたどっています。
図表2:外国人雇用状況と雇用事業者数の推移

筆者が競争的資金を受けて実施している研究 4 の調査結果からも、「外国人を雇用したことがある」と回答した人(2,901名/10,000サンプル中)のうち、79.4%が「現在も雇用している」と回答をしています。このうち、コロナウィルス感染拡大前と比較して「外国人雇用数は減少した」と回答した人は僅か17.5%のみであり、66.0%が「変化なし」、16.5%が「増加した」と回答しています 5 。
コロナ禍においても、多くの企業で外国人労働者を雇用し続けているのは、彼らを「戦力」として評価をしているからに他なりません。実際に、前出の調査において外国人労働者が職場において戦力になっているかどうかを尋ねたところ、実に81.5%もの人が外国人労働者を「戦力になっている」と評価しています。このように、日本社会において、外国人労働者は既に労働力の一翼を担い始めていると考えられます。
3.多文化共生におけるダイバーシティ・マネジメント
コロナ禍においても外国人雇用が減少しないという事象に対して、私たちはもっときちんと向き合うべきだと考えます。コロナウィルスの感染状況が改善されれば、必然的に入国制限が緩和され、再びグローバル化という波に乗って、多くの人の流入が再開されます。それに伴って経済活動も活発化し、コロナ禍では人余りに転じた産業分野でも再び人手不足問題が浮上することが予想されます。その動きが活発化する前に新たに入国する外国人労働者に対してどのような支援をしていくべきか、今こそ準備をしておくことが大切であると考えます。
ダイバーシティという言葉は、通常「多様性」と訳されますが、残念ながら、これまでの日本の企業組織におけるダイバーシティ議論は女性の社会における活躍推進に重きを置く傾向が強いのが特徴的です。本来ならば「多様性」は女性だけでなく、LGBTQ、障がい者、そして外国人労働者も含めて対策を議論していくことが重要であると考えます。
とかく、組織のダイバーシティ・マネジメントを検討する際、社会的弱者の救済といった側面が強くなりますが、多文化共生におけるダイバーシティ・マネジメントは、単に外国人労働者の支援やサポートといった議論では「多様性」を活かすことにはなりません。前出の調査おいても、多くの人が外国人労働者を「戦力」として評価をしていることが明らかになったことから、「多様性」を組織の「優位性」と捉え、それを組織の強みとして戦略的にマネージメントしていくことがこれからの企業には求められていると思われます。多くの組織がパンデミックという未曽有の出来事を転機として、新たに「多様性」を活かすダイバーシティ・マネジメントに取り組んでいくことを切に願っています。
出典
1 出入国在留管理庁「特定技能ガイドブック」
https://www.moj.go.jp/isa/content/930006033.pdf
2 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査」2020年4月の数字による。
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p200510.html
3 厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」(2008~2021年10月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/gaikokujin-koyou/06.html
4 東京未来大学特別研究助成「ニューノーマル時代における外国人雇用の現状と課題」(代表:郭潔蓉)
5 郭潔蓉「外国人雇用に関するアンケート」(web調査)2022年3月7日実施
著者プロフィール
郭 潔蓉
東京未来大学モチベーション行動科学部モチベーション行動科学科教授。ビジネス・ブレイクスルー大学、大東文化大学を経て現職。
専門は多文化社会、ダイバーシティ・マネジメント、東・東南アジア政治経済。
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日本語教育が必要な児童生徒の教育課題
大阪大学大学院国際公共政策研究科 特任准教授 佐伯 康考
1.はじめに
JICA緒方貞子平和開発研究所が2022年2月3日(木)に主催したシンポジウム「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けて~将来の外国人の受け入れに関するシミュレーション(需給推計)と共生の在り方(課題と提言)」では、目標GDP達成に必要な外国人労働者数として2030年に419万人、2040年には674万人という推計結果が示されました 1 。
日本国内の外国人労働者数は2012年の68.2万人から2019年には165.8万人へと大幅な増加が続いていたものの、2020年と2021年には新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国制限の影響もあり、2021年10月末時点で約172.7万人に留まっています。つまり今回の推計結果は、日本社会は現在の外国人労働者受入人数よりも、あと約10年で約250万人、約20年で約500万人多くの外国人労働者受入が必要ということを意味します 2 (図1参照)。
古川禎久法務大臣は法務省で2022年の年頭所感を述べた際に、技能実習制度と特定技能制度の見直しについて言及し、2022年1月14日の閣議後記者会見では「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」設置について明らかにしました 3 。家族帯同が可能な「特定技能2号」の職種拡大などの議論が本格化するなど、本年は外国人労働者とその家族の受入について、日本社会全体で議論を深めることが必要不可欠であり、筆者が特に重要と考える外国人労働者に帯同する子どもの教育について論点を提示したいと思います。
図1 日本国内で就労する外国人労働者数推移と目標GDP達成に必要な外国人労働者数
2.疲弊する教育現場
「ぞっとしますね……。」日本語指導を必要とする児童が多く通う小学校の校長先生に、家族帯同が可能な「特定技能2号」の職種拡大について質問した際に漏らされた言葉です。お話を伺ったのは2021年夏であり、新聞などで大々的にこの問題が報じられる前のことでした。日本語指導を必要とする児童生徒が急増する中、日本語指導をはじめとする支援体制の拡充を求める声は高まっており、文部科学省も日本語教育についての予算を増加し、加配教員のための予算拡充などの取組を行っていることは事実です。
しかし、学校は日本語指導を必要とする児童生徒への支援以外にも、英語教育、デジタル教育、少人数教育、新型コロナウイルスへの対応など、社会からの様々な要請に追われ、余裕のない職場環境に陥っています。大量退職等に伴う採用者数増加の影響もあり、ピーク時(平成12年度)には12.5倍だった公立小学校教員採用試験の競争率(採用倍率) 6 は年々低下し、令和元年度には2.8倍と3倍を下回りました。
こうした状況に問題意識を持った文部科学省は教職の魅力を伝え、教職希望者を増やすことを目的として2021年3月から「#教師のバトン」プロジェクトを展開しました。しかし、長時間労働や、部活動顧問の負担など、教師の厳しい労働環境を訴える投稿が相次ぎ、学校現場の働き方改革が急務であることが社会に広く周知される皮肉な結果となりました。令和3年度採用選考試験でも競争倍率の低下に歯止めがかからず、2.6倍と過去最低値を更新しています。もちろん教員採用試験の倍率は民間企業等の採用状況等にも影響を受けるため競争率低下だけを問題視することは適切ではないと思いますが、疲弊した教育現場が変わらなければ、日本語指導を必要とする児童生徒たちへのサポートも行き届かない恐れがあります。家族滞在として来日する外国人労働者の子どもを増やす方向で政策決定をするのであれば、疲弊する教育現場の実情を十分に認識し、先生方が余裕を持って来日する子どもたちを迎え入れるだけのサポートを政府として整えることが必要不可欠です。
3.日本語指導を必要とする児童生徒の特定地域への集中
文部科学省から2022年3月末までには「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」 7 の最新版が公表される見通しですが、本稿執筆時点では平成30年度調査結果までしか公表されていないため、今回は平成30年度調査データを用いて議論を進めます。
平成30年度調査における日本語指導を必要とする外国人児童生徒の都道府県別人数では、愛知県が全国最多の9,100名で全体の22.3%を占めます。以下、神奈川県が4,453名で10.9%、東京都が3,645名で8.9%、静岡県が3,035名で7.4%、大阪府が2,619名で6.4%と続き、上位10都道府県で全体の78.6%を占めています(表1参照)。
都道府県を問わず、子どもがより良いサポートを得られる学区選択は住居選びにおける重要な要素であり、日本語指導を必要とする児童生徒が通う学区も集中する傾向が見られます。例えば愛知県知立市の知立東小学校では、令和3年に在籍する307名の生徒のうち66%の204名が外国人児童となっています 8 。
技能実習制度とは異なり、移動性が高い「特定技能2号」の在留資格で就労する外国人労働者に帯同する児童生徒たちは日本語指導を必要とする児童生徒が多くサポート体制が整っている地域の学校に集中する可能性があります。外国人労働者と帯同家族の受入を拡大するのであれば、実態についての調査を定期的に実施するとともに、その結果を公開し、地域社会の様々な関係者と協働して適切な対策を講じることが政府には求められます 9 。
表1 日本語指導を必要とする外国人児童生徒が多い上位10都府県の人数と全体割合
4.おわりに
2019年4月の改正入管法施行から間もなく3年が経過しようとしていますが、その大半の時間は新型コロナウイルス感染拡大による入国制限が繰り返され、外国人労働者の家族帯同について十分な議論を行える状況ではありませんでした。この原稿を執筆している今もなお、日本の入国制限が解除されることを心待ちにしている人々が海外に大勢います。
出入国管理政策と社会統合政策は車の両輪です。将来的な法改正を視野に入れた議論を行うこと自体は有用ですが、未だ入国制限が続いているような非常事態の中で拙速な政策決定がなされ、さらなる混乱や将来への負の遺産が生じる事態は避けなければなりません。外国人労働者と帯同家族を支えている様々な人々の意見に耳を傾け、持続可能な制度設計がなされることを切に願います。
注
1 JICA緒方貞子平和開発研究所|2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けて~将来の外国人の受け入れに関するシミュレーション(需給推計)と共生の在り方(課題と提言) ~
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/news/event/20220203_01.html
2 この推計人数はあくまで設備投資が促進された場合の数字であり、仮に十分な設備投資が行われなかった場合には、さらに多くの外国人労働者受入が必要という推計結果となります。
3 第1回目の勉強会では政策研究大学院大学の田中明彦学長から、第2回目以降には移住者と連帯する全国ネットワークの鳥井一平代表理事、国立社会保障・人口問題研究所の是川夕国際関係部長から話を伺う予定であることが法務大臣閣議後記者会見で報告されています。
4 厚生労働省|外国人雇用状況の届出状況について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/gaikokujin-koyou/06.html
5 価値総合研究所|2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた調査研究–暫定報告–
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/news/event/tfpeil0000002f5m-att/20220203_01.pdf
6 文部科学省|公立学校教員採用選考試験の実施状況
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/senkou/1243159.htm
7 文部科学省|日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400305&tstat=000001016761
8 知立東小学校|令和3年度知立東小学校の教育
http://www.city.chiryu.ed.jp/chiryuhigashiel/0519r3new.pdf
9 本稿では日本語指導を必要とする児童生徒が集住する地域における課題を中心に論じていますが、散住地域においても、コロナ禍で進んだオンライン指導を積極的に活用するなど、教育リソースの不足による地域格差を縮小するための工夫が必要です。例えば大阪府はオンライン日本語教育を活用し、府内の地域格差を縮小するための取組開始を決定しました。こうした先進的取組は評価されるべきですが、現在は週当たりの時間数も限られているため、十分な時間数を確保するために更なる予算拡充が求められます。
著者プロフィール
佐伯 康考
大阪大学大学院国際公共政策研究科特任准教授。東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室特任助教、大阪大学共創機構特任助教などを経て現職。国際的な人の移動と未来共生社会の構築について研究を行っている。博士(経済学)。著書に『国際的な人の移動の経済学』(明石書店2019)など。移民政策学会常任理事(国際交流委員長)。
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日本語学校を入口に活躍する元留学生たち
カイ日本語スクール代表 山本 弘子
はじめに
日本にいる外国人留学生は、経済格差がある地域・国の出身者が多くを占めることもあり、特に日本語学校で学ぶ留学生といえばアルバイトの問題 1 がメディアでも取り上げられ、技能実習生と並んで、日本の産業を下支えする存在として語られ認識されています。確かに多くの学生たちがアルバイトをしていますが、彼らが総じて貧しく苦しく、借金返済や母国への仕送りなどに追われて本来の留学から程遠い生活を送っているという日本社会の持つ<留学生像>には違和感を覚えます。私の知る留学生たちは、みなスマホを持ち、アニメやゲームやJ-popを楽しみ、日本のコンビニや居酒屋が大好きな、どこにでもいる若者たちです。
留学生が日本のアルバイト要員として必要不可欠だとする認識は、完全に誤りとは言わないまでも、メディアでの取り上げられ方などを見るにつけ、日本社会は留学生にアルバイト以上の価値を期待していないのではないかと非常に心配になることがあります。実際には、日本語学校で学んだ後、技術、経済、外交、地域社会などさまざまな分野で、日本に貢献してくれている人たちが少なからず存在しています。
1.日本語学校で学ぶ人たちの多様性
在留外国人統計 2 によると、2019年12月現在の留学生数345,791名中、94%に当たる325,543人が中国、ベトナム、ネパールをはじめとするアジア出身者ですが、国籍数で見ると留学生全体では182カ国(+無国籍)に上っています。このうち、日本語学校生の国籍は、少なく見積もっても、120カ国程度に上ると思われます。
日本語学校で学ぶ目的は、進学の他、キャリアアップ、仕事や生活に生かすなど、さまざまです。中には、大学に通いながら日本語を学びに来る留学生や、交換留学後に日本語を学ぶために改めて留学の在留資格を取る人もいます。また、留学以外の在留資格を持つ人々-ビジネス関係者やその家族、研修生、日本人の配偶者、日系人、難民、短期滞在者、研究者なども学んでいます。(一財)日本語教育振興協会の調査 3 によると、日本語学校の修了生の進路は、2014年から2019年の5年間では、約75%が「進学」、約16%が「帰国」、約9%が「その他(就職含む)」となっています。
2.日本語学校生たちの進路
日本語学校で学んだ学生たちの25年間の進路の推移(図1)を見ると、人数の増減に関わらず、全体の約7割は進学していることがわかります。就職している人は「その他」に含まれるため数字としては見えません。しかし、2010年の入管法改正により、就業資格への変更ができなかった「就学」資格が就業資格への変更が可能な「留学」資格と一本化されたことで、日本で就職している日本語学校生も徐々に増えていると推測されます。つまり、日本語学校修了生の多くは進学等で日本に残っており、留学生全体の日本での就職率が3割を超えている 4 ことを考えれば、さらに就職して日本社会に定着する人も少なくないといえるでしょう。
留学生が日本で就職した場合、どのような仕事に就いているかというと、ほとんどが「技術・人文知識・国際業務」といういわゆるホワイトカラーとなり、「特定活動」、「教授」、「経営・管理」、「その他」と続きます(図2)。
このデータからも、留学生の多くが、いわゆる高度人材予備軍であることが明らかです。大学や日本語学校等の学費は年間80万円から150万円程度で、それに生活費を加えて試算すると年間200万円程度の自己投資をしていることを考えれば当然の結果でしょう。
では、実際にどのような職業に就いているのでしょうか。
3.日本語学校修了後の元留学生たち
筆者の運営する日本語学校の修了生や、在籍していた人たちだけ見ても、それぞれが国内外において実にさまざまな方面に進み、活躍しています。修了生・在籍者の足跡を追い切れない中でも、母国に帰国してから日本企業の海外支社に勤めたというケースや、日本に残って活躍しているケースも、たくさんあります。
あるメキシコ人男性は、子供のときに見た「鉄腕アトム」に描かれた人間とロボットの共生というビジョンに魅せられ、母国でロボット工学を専攻したのち来日。日本語を学んだあと、念願だった日本の機械関連の会社にエンジニアとして就職しています。その他、国際交流員として観光振興に携わる人、レストラン経営、ゲーム会社のエンジニア、大手商社ビジネスパーソン、コンサルタント、大使館での勤務など数多くの活躍を耳にします。
世に名前が出ている人も数名現れました。スウェーデン出身のマンガ家のオーサ・イェークストロムさんは、専門学校に進んだのち発表した『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』シリーズが2021年に累計販売27万部を突破し、テレビなどでも取り上げられました。
同じくスウェーデン出身のルドヴィク・フォシェルさんは、専門学校に進学後、ゲーム音楽家としてThe Game Awards 2019で最優秀スコア&ミュージック賞を受賞。2021年公開のアニメ映画「竜とそばかすの姫」の音楽担当に抜擢されました。
30年以上前の修了生アハメド・シャハリアルさんは、2021年に開学した新潟県三条市立大学の初代学長に就任しました。バングラデシュより来日した当時から非常に優秀な人物でした。コロナ禍の中、無事に開学に漕ぎ着け、地域密着型の新しい大学の形を目指して精力的に活動しています。
また、2021年には、15年以上前に学んでいた元学生が「UAEの駐日特命全権大使として日本に戻ってきた」と、わざわざ学校を訪問してくれました。驚きや喜びと同時に、何より元留学生が日本との外交を担う姿には大きな感慨を覚えました。
本校だけでもこのようにさまざまな活躍事例があることを思えば、日本語学校全体では膨大な成果が上がっているのは言うまでもありません。2019年に、あるイベント開催のために調べたことがありました。設立後20年以上経つ10校ほどの日本語学校からは、ITエンジニア、英語教師、通訳、商社社員など、多くの事例が続々と集まりました。本稿の執筆に当たり、日本語学校の修了生の活躍について他校に聞き取り調査したところ 6 、大手・中小企業のビジネスパーソン、研究者、外交官、エンジニアなど、立派な活躍ぶりが聞かれました。
有名人としては、世界的ファッションデザイナーのBowie Wong氏、マレーシア出身の映画監督リム・カーワイ氏、東京パラリンピックのブラインドサッカー選手佐々木ロベルト・泉氏、京都精華大学学長ウスビ・サコ氏、タレントで外交官のゾマホン・ルフィン氏など、多くの方々が日本語学校で学んだのち、進学や就職を通し、日本社会や世界に羽ばたき活躍しています。
4.日本語留学生への正しい理解と認識を
国立社会保障・人口問題研究所の是川夕氏は、日本語学校で学ぶ留学生の詳細な調査を通じて、以下のとおり、これまで日本社会で語られてきた留学生像とは違う実像を浮かび上がらせています 7 。
以上のことから見えてくるのは、日本語学校で学ぶ生徒の多くは相対的に学歴が高く、また都市部出身で、父親の学歴が高い傾向が見られるということである。さらに日本以外の候補国があると答えたものは30.2%と比較的少数であり、また来日時に日本、あるいは日本も含む外国で留学、就労したことのある家族や親せきがいると答えたものはそれぞれ留学生全体の24.5%、45.1%であることから、日本になんらかのつながりを有するものが最初から日本を目指してやってきたといった可能性が見て取れる。〈中略〉つまり、こうした結果から、出身国で比較的余裕のある階層出身の若者が日本に来ることを最初から希望してくるというパターンを見て取ることができる。(是川「人口問題と移民」 p163)
日本語学校は優秀でポテンシャルの高い<人材>の宝庫であり、深刻な人口減少に直面している日本にとって重要な存在であると言えます。正しい認識のもと、必要な法整備や支援を行い、質の高い留学生活が送れるようにすることが、近未来の優秀で頼もしいパートナー作りにつながると確信します。
注
1 留学生のアルバイトは、資格外活動許可を得たうえで、原則1週間で28時間以内の制限がありますが、それを超えてアルバイトをしているケースが問題になっています。
2 出入国在留管理庁|在留外国人統計(2019年12月)
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html
3 一般財団法人日本語教育振興協会|令和2年度日本語教育機関実態調査結果報告
https://www.nisshinkyo.org/article/pdf/overview06.pdf
4 独立行政法人日本学生支援機構|2019(令和元)年度外国人留学生進路状況・学位授与状況調査結果
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2021/03/date2019sg.pdf
5 出入国在留管理庁|令和2年度における留学生の日本企業等への就職状況について
https://www.moj.go.jp/isa/content/001358473.pdf
6 聞き取り調査には、大阪YMCA学院日本語学科、コミュニカ学院、ヒューマン日本語学校、ヨシダ日本語学院他にご協力いただきました。
7 是川夕(2019)「人口問題と移民」明石書店
著者プロフィール
山本 弘子
カイ日本語スクール代表。OL、日本語教師を経て1987年に日本語学校を設立。日本語学校協同組合理事長、日本留学の扉を開く会副代表等。100カ国以上の留学生、ビジネスパーソン、日本人の配偶者、家族、企業研修生、宣教師等多様な背景、目的の学習者への日本語教育を行う。著書に『日本語教師見なおし本』(2003)、『新しい多文化社会論』(第8章,2020)、『キャラクターと学ぶリアル日本語会話』(2021)他。
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外国籍住民の学習ニーズを知るための実験的Web調査
相模女子大学英語文化コミュニケーション学科教授 渡辺幸倫
はじめに
2019年に史上最高の3,615万人を記録した外国人入国者数は、新型コロナウイルスの影響で2020年には522万人へと激減しました。それにもかかわらず在留外国人数は、2019年の293万人から2020年の289万人とさほど減少しておらず、行政各部門が提供するサービスによって、自立した住民を増やす取り組みの重要性は変わっていません。今回は外国人住民を含むすべての人々がより豊かに生活できるようになるための学習について考えてみましょう。
1.外国人の学習ニーズ調査
地域の外国人の教育といえば、まず外国にルーツをもつ子どもへの日本語指導や、自治体が提供する日本語教室などが思い浮かぶことでしょう。日本語は日本での暮らしを左右する重要な要素です。極めて限定的な日本語力しかない場合には、生活を維持していくだけでも多くの困難が予想されます。基礎的な日本語教育は緊急性の高い分野で、この連載コラムでも何度も言及されています。
しかし、日本語教育の充実は必須とはいえ、これだけで外国人住民の学習のニーズが充分に満たされているとは言えません。外国人住民にも「サバイバルのための日本語」を超えた、人生をより豊かにするための教育機会が提供されているのか、今一度問いなおす必要があります。もちろんこれらの教育の提供も限られた予算や資源で行われるので、具体的な根拠に基づいた計画策定が不可欠です。日本語教育のニーズについては、文化庁が実施している実態調査をはじめ各自治体で行われています。しかし、外国人を対象にした幅広い学習ニーズの調査は、ほぼ行われていないのが現状でしょう。
在住外国人を対象とした調査が十分に行われていない理由は、対象者の選定、調査票の配布・回収、多言語対応などさまざまな困難があるためだと考えられています。外国人は地域の有権者ではないため、地域政治の力が働きにくいという事情もあるでしょう。つまり、調査の必要性があるにもかかわらず、調査自体の困難性のため根拠のある教育機会の提供ができないという悪循環が存在しているのです。そこで筆者は、不十分であったとしても、実験的探索的な調査からでも、失敗を含めて学ぶことがあるはず!という精神で、内閣府が日本国籍者限定で実施している『生涯学習に関する世論調査』を参考に、日本在住の外国人を対象にしたWeb調査を実施しました(渡辺2022)。
2.調査の概要

3.調査の結果
本調査結果と既存統計情報(『令和2年末現在における在留外国人数』(出入国在留管理庁 2021)、『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』(内閣府))を比べると次のようになりました。
4.考察
(1)調査の信頼性について
本調査の回答者は①筆者を起点にした友人・知人の紹介と②クラウドワークスという仕事マッチングサイトを利用して募りました。全国の在住外国人から無作為抽出したものではないため、まず日本在住の外国人全体との類似性を確認することが必要です。ここでは在住外国人の統計と本調査の結果を年齢構成、国籍構成、在留資格の3点から分析しました。すると年齢や国籍の傾向はおおむね重なっているものの「現役世代」が多いこと 、その一方で在留資格は、「人文・国際・技術」(+15.4%)が多く、「技能実習」(-12%)と「特別永住」(-7.9%)が少なかったことがわかりました。結果の解釈にはこれらの点に留意する必要があるでしょう。
(2)学習状況と今後の学習意向について
学習したことがある人の割合は『生涯学習に関する世論調査』に比べて高い(+16.9%)ですが、その差は「インターネット」や「自宅での学習」、そして留学生の回答者の多くを反映したと思われる「学校の講座や教室」の多さが関係していそうです。一方で、その他の学習形式は日本人とほぼ同程度ということがわかりました。また、学習意向の高い分野は「職業上必要な知識・技術」(+30.2%)が顕著に高く、「インターネットに関すること」(+19.0%)も高いようです。ただし、「趣味的なもの」、「教養的なもの」、「社会問題に関すること」など社会教育施設などで行われている講座の内容に関心を持っている外国人が日本人と同程度にいることには注意が必要です。外国人住民も既存の豊かな講座への可達性(accessibility)を求めているのです。そのため、一般の講座に外国人も参加しやすい工夫や仕組みを考えてみる必要があるでしょう。
一方、参考にした『生涯学習に関する世論調査』にはない質問でしたが、日本語学習については「生活に必要な内容」に比べて「仕事に必要な内容」の方が高いことも読み取れます。「日本語教室といえば生活日本語」、「仕事に必要な知識は仕事をしながら学ぶものだ」といった議論を聞くことが多いですが、日本語力がかなり高いレベルにある方でも、さらに日本語力を高めたい、職業上の知識・技能を高めたいという強い意向があることがわかりました。本調査は、すでに日本社会で働く「現役世代」が多いという特徴がありましたが、このようなニーズはあまり指摘されてこなかったのではないでしょうか。
おわりに
このコラムでは、地域の人々がより豊かに生活できるようになるための学習を考える材料として、在住外国人の教育ニーズ調査について紹介しました。在住外国人を対象とした調査は、さまざまな困難がありますが、実験的探索的調査であれば簡便に安価に行うことが可能です。もちろん解釈には慎重になる必要はあります。しかし、今後も発展する各種の技術や方法を駆使することで、予備的であったとしても新しい視点からの情報を簡単に得られれば、行政担当者も各種情報の分析や施策の立案により時間が使えるようになることでしょう。
参考資料には、本調査で利用したフォームを上げておきました。ご入用の方はぜひお使いください。
本調査は、公益財団法人 北野生涯教育振興会の研究助成(2019年)を受けました。
参考資料・文献
1 調査フォームWebサイト(資料用)
https://forms.office.com/r/w8HLiyJPqH

2 内閣府(2018)『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』
https://survey.gov-online.go.jp/h30/h30-gakushu/index.html
3 出入国管理庁(2021)『在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表』
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html
4 渡辺幸倫(2021)「外国人の教育ニーズ ―幅広い学習機会の提供を」川村千鶴子編『多文化共創社会への33の提言』都政新報社.
5 渡辺幸倫(2022.3)「「外国籍住民の学習ニーズ調査」法開発のための実験的Web調査の検討」『相模女子大学紀要』.
著者プロフィール
渡辺幸倫
相模女子大学英語文化コミュニケーション学科 教授。大東文化大学非常勤講師、立教大学兼任講師などを経て現職。専門分野は、社会教育、多文化教育、言語教育など。
主な著書に、『多文化社会の社会教育』(編著、明石書店、2019年)『多文化「共創」社会入門――移民・難民とともに暮らし、互いに学ぶ社会へ』(共著、慶應義塾大学出版会、2016年)、『多文化社会の教育課題――学びの多様性と学習権の保障』(共著、明石書店、2014年)など。
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外国人留学生の就職と自立
大東文化大学非常勤講師 マハルザン・ラビ
1.外国人留学生の就職の現状
日本に在学している外国人留学生は2020年5月1日現時点で279,597人です 1 。この数を出身地域別でみるとアジア系が多く(図1)、2020年度は約95%を占めています。コロナ禍の影響もあり、外国人留学生の数は2019年から1割程度減りましたが、日本に留学したいという外国人は、年々増加しています。特に、コロナ禍前の数年には、ベトナムやネパールからの留学生が急増していました。ネパールのような南アジアの留学生が増えた理由は、中国、韓国からの留学生減少に危機感を感じた日本語学校が、非漢字圏諸国の留学生を受け入れたからだと思われます(佐藤、2016) 2 。
図1: 2020年(令和2年)出身国(地域)別留学生数ランキング「( )=2019年の数値」(単位 人)
出典:独)日本学生支援機構|2020(令和2)年度外国人留学生在籍状況調査結果 3
外国人留学生の就職に関する状況も同じような傾向です。2020年(令和2年)に日本の大学・専門学校などを卒業した後、就職を目的に在留資格の変更を許可された外国人留学生の数は29,689人でした 3 。(図2)コロナ禍の影響もあるので、2019年(令和元年)と比較すると少し減りましたが、コロナ禍前の年を見てみると毎年増加していることがわかります。(図3)2020年(令和2年)に就職した人の数を国別で見ると中国10, 933人、ベトナム6, 582人、ネパール3,552人でした。2015年(平成27年)から2020年(令和2年)の許可人数の推移を比較すると、中国は減少していて、ベトナムやネパールが急増している傾向です。一方、2009年(平成21年)から2020年(令和2年)の許可人数の推移をみると、2016年(平成28年)以前の年に比べて少し許可率が低くなっています。日本のように人手不足に悩む中小業がたくさんある国にとって留学生は貴重な人材ですが、就職率が以前より低くなっているのはなぜでしょうか。その原因を調べ、解決策を探す必要があると考えられます。
図2:留学生からの就職目的の処分数等の推移
出典:出入国在留管理庁|令和2年(2020年)における留学生の日本企業等への就職状況について4

図3:国籍・地域別の許可人数の推移
出典:出入国在留管理庁|令和2年(2020年)における留学生の日本企業等への就職状況について4
2.日本に留学する理由と希望
世界各国から日本に留学したいという人が増えている理由としては、日本が世界に届けている日本独特の文化、ポジティブ思考や優れた技術だと考えられます。日本の技術を学び、卒業後出身国に戻り就職したいという留学生もいますが、多くの留学生は日本において就職したい、日本で生活を続けたいという希望を持っています 5 。例えば、ネパールのような途上国の留学生は、勉強のためだけではなく、キャリアのため、日本で働くためにも来日しています。しかし、外国人留学生の就職の現状をみると就職を希望する人の数と就職している人の数には乖離があります。日本学生支援機構(JASSO)の平成29年度外国人留学生進路状況・学位授与状況調査結果によると、平成29年度に日本の大学または専門学校を卒業/修了した外国人留学生50, 054人のうち、日本で就職した人は16,242人(約32%)でした 6 。また、同年度のJASSOの私費外国人留学生生活実態調査結果によると、卒業後に日本での就職を希望する外国人留学生は約64%を占めています 7 。卒業後帰国を希望する人や日本以外の国での就職を希望する人を除いて、日本の大学または専門学校を卒業した後就職したくてもできない留学生にはどのようなハードルがあるのでしょうか。就職の現状と課題について考えていきましょう。
3.外国人留学生が日本での就職で直面する問題
日本で就職を希望する外国人留学生が、就職したくてもできない原因はいくつかあると考えられます。著者自身も留学生として来日しましたが、その経験と自分のコミュニティ(ネパール)の留学生向けの活動の経験から考えます。
現在約10万人が在住しているネパール人のうち、3割が留学生です。日本の外国人留学生の数を出身国別でみると、中国、ベトナムに続き、第3位になります。
ネパールの留学生の就職率が低い原因として挙げられるのは、1)日本の就職活動のあり方が理解できない、2)日本語能力が足りない、3)日本語による書類の書き方が分からない等です。ネパールの留学生は、留学するため母国で借金して来日しており、生活するお金や学費も自分で用意しなければなりません。そのため、大学より学費が安い専門学校や日本語学校などを選び、就職を目指す人が多いのですが、就職までのサポートが足りず、そのまま帰国する学生が著書の身の回りにたくさんいます。日本と違う文化で生まれ育った留学生には、日本の企業のあり方を十分に理解できていないこともあると思いますが、日本での留学経験を生かせるような場所を作る必要があると思います。
外国人留学生が直面する大きな壁の1つは言語だと考えられますが、日本人との交流がないのも課題です。留学生として活動していた頃、著者自身も日本人と接する機会が少ないと感じていました。その結果、就職に関する情報やノウハウを知らない人が私の周りに多くいました。日本で留学生として何年も活動した後、希望の就職ができず残念な気持ちを持って帰国する人が多いのが現状です。
4.おわりに
日本にとって外国人留学生は重要な人材であり、留学生の安定した着地を考えていく時代になっていると感じます。日本に在学する留学生の多様性を考慮し、日本語能力だけにこだわらず、個人の能力とスキルを求める社会になってほしいです。
留学生を求人する企業を増やすためには、留学生が就職に必要なスキルを身につけられるプログラムや、就職に関することについて気軽に相談できる支援センターなどが必要だと考えられます。さらに、日本語を学ぶことができる環境を作り、日本語学習のモチベーションを維持・向上させ、留学生が自立できるようにしていくのが重要です。日本で就職したい留学生をサポートすることで、留学生がこれからの日本社会に貢献できるようになると考えます。
出典
1 独)日本学生支援機構|令和元年度私費外国人留学生生活実態調査概要
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2021/04/date2020z.pdf
2 佐藤由利子(2016)「ベトナム人、ネパール人留学生の特徴と増加の背景―リクルートと受け入れにあたっての留意点―」『ウェブマガジン留学交流』2016年6月号Vol. 63
https://www.jasso.go.jp/ryugaku/related/kouryu/2016/__icsFiles/afieldfile/2021/02/18 /201606satoyuriko.pdf
3 独)日本学生支援機構|2020(令和2)年度外国人留学生在籍状況調査結果
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2021/04/date2020z.pdf
4 出入国在留管理庁|令和2年における留学生の日本企業等への就職状況について
https://www.moj.go.jp/isa/content/001358473.pdf
5 独)日本学生支援機構|令和元年度私費外国人留学生生活実態調査概要
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2021/06/seikatsu2019.pdf
6 独)日本学生支援機構|平成29年度外国人留学生進路状況・学位授与状況調査結果
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2020/09/date2017sg.pdf
7 独)日本学生支援機構|平成29年度私費外国人留学生生活実態調査結果
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/_mt/2020/10/seikatsu2017.pdf
著者プロフィール
マハルザン・ラビ
大東文化大学外国語学科・スポーツ健康学科非常勤講師。博士(英語学)。トリブバン大学国際言語学部で日本語を学び、2009年留学生として来日。2012年大東文化大学大学院外国語学科英語専攻博士課程に入学し、2018年博士号を取得。5か国語(英語、日本語、母国語ネワ-ル語、ヒンディ語、ネパール語)に精通。
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地方に外国人材の定着を図るには
東京工業大学環境・社会理工学院 准教授 佐藤由利子
少子高齢化が進む中で、生産年齢人口が急速に減少し、地方における働き手不足が深刻化しています。2019年4月に導入された特定技能制度 1 においても、大都市圏との賃金格差から、地方で受け入れた人材の大都市圏への転職が懸念されており、多文化共創社会の担い手としての期待が高まる留学生についても、大都市圏に集中しがちな傾向が見られます。
このような状況の中で、地方に外国人材の定着を図るにはどうすればよいのでしょうか。
このコラムでは、都道府県別の外国人の受入れ状況を概観した上で、地方への外国人材の誘導政策を実施してきたオーストラリアや、留学生の定着促進の取組みを行っている大分県の事例を紹介し、地方に外国人材の定着を図る方策を提案します。
1.都道府県別の外国人の受入れ状況
表1は都道府県別の人口と外国人口の全国における構成比を表しています(コロナ禍によって外国人受入れに大きな影響が生じたため、その直前の2019年末の数字を示しています)。
人口と外国人口の構成比を比べると、薄く色を付けた13都府県(東京、大阪、愛知を始めとする三大都市圏と茨城、群馬、岐阜、三重、滋賀)では、外国人口の構成比が人口の構成比よりも大きく、人口当たりの外国人が相対的に多い地域と言えます。
留学生の都道府県別の分布を見ると、東京が33.6%と全体の3分の1の留学生を集め、次いで大阪9.3%、埼玉6.3%、福岡6.1%の順で、これに千葉、京都、大分を加えた7都府県で、人口の構成比よりも留学生の構成比が高くなっています。これらは大学や学校が多い地域や国際的大学がある地域です。
さらに専門的・技術的分野の在留資格者の分布を見ると、東京が33.5%を占め、次いで神奈川10.3%、大阪が8.0%、埼玉が7.4%、千葉6.9%、愛知6.3%の順であり、専門的・技術的分野の在留資格者の構成比が人口比よりも高いのは、これら6都府県のみです。
このように、外国人、特に専門性や技術を有する人材は大都市圏に偏在しており、留学生についても、卒業して就労目的の在留資格に切り替える際、大都市圏に移動する傾向が読み取れます。他方、地方では生産年齢人口の減少が進み、若く、能力のある外国人をいかに誘致、定着させるかが課題になっています。
2.オーストラリアにおける地方への外国人材誘導政策
オーストラリアは、2019年に51万人の留学生を受け入れる世界第2位の留学生受入れ大国ですが(UNESCO統計2021)、大都市圏に留学生など外国人材が集中するのを緩和するため、地方への誘導政策を行ってきました。具体的には、専門性を有する技能移民(skilled migrants)の審査で、専門技能、英語力、年齢、学歴などをポイントに換算する際、人口増加率が低い指定地域に2年以上留学・居住した者に5点のボーナスポイントを与える優遇措置を2003年に開始し(当時の合格基準は115ポイント)、2004年には、指定地域に2年以上居住、1年以上就労した者に対する永住権申請のカテゴリー(subclass)を新設し、2005年には州・準州政府の保証によって10点のボーナスポイントを付与するようになりました。州の全域が指定地域となった南オーストラリア州では、1998年から2009年にかけて留学生が6.04倍と、全国平均の4.90倍を上回って増加し、この政策の効果があったと考えられます(佐藤・橋本 2011)。2012年には技能移民の審査にSkillSelect制が導入され、ポイントが基準を満たす有資格者を2年間登録し、雇用主が見つかった場合にのみ永住権を申請できる形になりましたが、指定地域に2年以上居住し、1年以上就労した者には、4年間の一時技能ビザが付与される仕組みが別途設けられました(佐藤2015)。現在は、地方への留学生・外国人材の誘導のため、次の措置を実施しています (Department of Home Affairs 2021)。
①永住権への道を開く2種類の地方技能一時ビザ:指定地域の州・準州政府または指定地域に居住する市民・永住者親族の保証による技能就労地方(暫定)ビザ (subclass 491)と、指定地域の雇用主の保証による技能雇用者保証地方(暫定)ビザ(subclass 494)
②地方技能永住権ビザ(2022年11月以降開始。上記①と接続。最低3年間の指定地域での居住が条件)
③(州・準州政府により)地方への居住・就労を指名された者への技能移住ポイントテストでの追加ポイント
④地方の大学を卒業した留学生に対する優遇措置:大学卒業者一時ビザ(subclass 485)(学部課程とコース主体の修士課程修了者に2年間、研究主体の修士課程修了者に3年間、博士課程修了者に4年間与えられる)について、指定地域で2年以上居住した者に1~2年の延長を可能とする。
3.大分県における留学生の受入れと定着に向けた取り組み
大分県では、日英2言語で国際的教育を行う立命館アジア太平洋大学(APU)を2000年に誘致して以降、県の留学生が10倍に増えました。彼らを産官学で連携して支援するため、特定非営利活動法人「大学コンソーシアムおおいた」2 を設立し、生活支援、地域交流に加え、地元企業関係者との交流などを通じた就職支援を行ってきました。さらに2016年には、留学生の起業と就職を支援する「おおいた留学生ビジネスセンター(SPARKLE)」3 を開設し、留学生の地域への定着を一層推進しています。
2017年には、留学生の起業促進のための国家戦略特区の申請を行い、2018年には大分県を含む9地域で「外国人起業活動促進事業」4 が開始され、起業準備のための1年間の特定活動(スタートアップビザ)が認められるようになりました。また、県が所有/指定するインキュベーション施設への入居と県の「起業支援対象者証明書」の交付を条件として、経営・管理の在留資格申請の際の資本金要件を500万円から300万円に引き下げています。大分県の留学生の特徴の一つは地元への愛着が強いことで、大分県・SPARKLEが2021年に実施した県内留学生240名のアンケート 5 では、152名が日本就職を希望し、うち23%が大分県内での就職を、33%が「やりたい仕事ができるなら場所はどこでもよい」と回答し、県内就職を希望する留学生が多いことがわかります。
4.地方に外国人材の定着を図るための提案
第1節で見たように、留学生や専門・技術を有する外国人は、大都市圏に集中する傾向があり、そのような中で、地方への外国人材の定着を図るためには、オーストラリアが行ってきたような、地方に留学、就労する者に出入国在留管理上の優遇措置を講じることが有効だと考えられます。
具体的には、自治体が保証する場合、「技術・人文知識・国際業務(技・人・国)」や「経営・管理」などの在留資格の審査要件を緩和する(中小企業が技・人・国による外国人受入れを申請する際の書類を大企業並みに簡素化する、起業に必要な自己資金要件を引き下げる等)、永住許可申請にかかる審査要件を緩和する(在留期間要件の短縮等)などが挙げられます。また、このような措置は、特定技能など、他の在留資格者の地方への誘致・定着にも応用可能だと考えられます。
また、大分県の留学生支援に見られるように、企業、自治体、大学等が連携して外国人を支援し、地域への理解と愛着を育むことも、定着を促進するために不可欠だと考えられます。
今後、生産年齢人口の減少が一層進む中、上記の提案などを参考に、地方における外国人材の受入れが促進され、多文化共創の実現により、地域の活性化が図られていくことを願っています。
出典
佐藤由利子・橋本博子 (2011)「留学生受入れによる地域活性化-自治体と大学の協働による取組みの横断的分析-」、『比較教育学研究』第43号、131-153頁
佐藤由利子(2015)「留学生政策と技術移民政策の連携と課題-主要国の取り組み傾向とオーストラリアの事例分析から-」、移民政策研究、第7号、101-116頁
http://iminseisaku.org/top/pdf/journal/007/007_101.pdf
Department of Home Affairs (2021) Regional Migration
https://immi.homeaffairs.gov.au/visas/working-in-australia/regional-migration(2021年10月3日閲覧)
参考
1 外務省|在留資格 特定技能
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/fna/ssw/jp/index.html
2 特定非営利活動法人大学コンソーシアムおおいた
http://www.ucon-oita.jp/
3 おおいた留学生ビジネスセンター(SPARKLE)
https://oibc.jp/
4 経済産業省|外国人起業活動促進事業に関する告示
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/startupvisa/index.html
5 大分県内留学生「卒業後進路・就職に関するアンケート調査」
http://www.ucon-oita.jp/pdf/service_report_questionary2021.pdf
著者プロフィール
佐藤由利子
東京工業大学環境・社会理工学院准教授。
日本評価学会理事(2011年〜現在)、移民政策学会編集委員(2019年~現在)、日本学術振興会「スーパーグローバル大学創成支援事業」評価部会専門委員(2020年〜2021年)、文部科学省「留学生就職促進プログラム」委員会委員(2017年~現在)など。
専門は、留学生政策、開発経済、多文化共創、地域開発、政策評価。
第Ⅱ部 扉 ビジネスと人権
―共創経営と「気づき愛」の連鎖―
大東文化大学名誉教授 川村 千鶴子
1.「ビジネスと人権に関する行動計画」の基本的な考えを理解しよう!
国際連合人権理事会では、2011年(平成23年)に「ビジネスと人権に関する指導原則」1 が支持され、日本政府は2020年(令和2年10月)に「ビジネスと人権に関する行動計画に関わる関係府省庁連絡会議」から「ビジネスと人権に関する行動計画」(2020年~2025年)2 を策定しました。これは次の5つの基本的な考えに基づく行動計画です。
(1)政府、政府関連機関及び地方公共団体などの「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上
(2)企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上
(3)社会全体の人権に関する理解促進と意識向上
(4)サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備
(5)救済メカニズムの整備および改善
さらに分野別行動計画に基づき、「ビジネスと人権」に深い関心が寄せられています。投資においてもESG(環境・社会・企業統治)の視座が必要で、利益追求型から「持続可能」な経済活動のあり方が考えられてきました。人権デュー・デリジェンスの遵守をキーワードとし、国際人権の基準を尊重する企業活動を行っていくようになりました。グローバル資本主義の課題に取組むには、企業がサプライチェーン全体での人権侵害リスクに対応していくことが求められています。
2.パンデミック経験から、学んだことを大切に
新型コロナウイルスによる世界の累積感染者数は、2億4000万人を超え、493万人以上の尊い命が犠牲となりました(2021年10月現在)。尊い命の無念をどのように未来に活かしていけばよいのでしょうか? 経済・所得格差、学歴格差、健康格差、性別格差など様々な格差の要因が存在し、経済不況の不安の中、課題は山積し、格差の広がりは、児童労働が1億6000万人という現実と無縁ではないと思います。
2021年2月1日、ミャンマーでは国軍によるクーデターが勃発し、その後1200人を超える市民が殺害され、多数の市民が不当に拘束されています3。 かつてアウン・サン・スー・チー氏が、来日の折、多数の滞日ミャンマー人に、「日本での経験を将来母国の教育改革に活かして欲しい」と熱弁されたことが忘れられません4。
タリバンが実権を掌握して2ヶ月を経たアフガニスタンでは1400万人が食糧不足となって冬を迎えようとしています。10月19日、日本大使館などのアフガン職員ら88人が日本に退避しました。共創する実践力と能動的対話力が必要とされますね。
3.企業内研修は、人権意識を育てる絶好のチャンス
多文化社会研究会は、企業活動と外国人雇用の実態を継続的に調査してきました。
注目したのは、日本人と外国人が一緒に学ぶ企業内研修の充実です。緊急事態宣言中にも、技能実習生、留学生など若い世代と難民の人々が、学びの場、安心の居場所を主体的に共創していました。日本国内で、多様なルーツを持つ若者が民主主義を実感し、 憲法や国際法・国内法の概念を学び、個人の自由と生の保障の大切さを体感しているのです。そこに生まれる共創価値と相乗作用と世界に繋がる幸福の連鎖にも着目しました。それを「気づき愛」(Global Awareness)と呼んでいます。
「ビジネスと人権」の根幹には、「気づき愛」の連鎖があります。
さまざまな大企業、中小零細企業経営者は、自治体・医療・教育機関との共創・協働を推進してきました。人間の安全保障を基礎とし人権を尊重してきたからこそ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応し、企業を取り巻く環境や社会システムに内在する問題点について、さまざまな気づきを語り合うことができたわけです。
4.共創経営と「安心の居場所」の創造
多文化とは「差違の承認」です。多文化共創とは、文化的多様性を尊重するだけではなく、移民、難民、無国籍者、しょうがい者、一人親家庭、LGBTQ、高齢者など多様な人びとが主体性と責任をもって隣人として市民として積極的に交流し、行政とともに人権の概念を大切にし、異種混淆性に理解のある幸福度の高い社会を目指すことにあります。
行政と企業と市民団体との連携、医療機関・教育機関とマスメディアの役割と影響が大きいことは言うまでもありません。労働基準法を遵守し、さらに地域に根ざしたビジネスと人権意識が息づくことが、日本社会の未来を展望させます。
日本の労働環境を調べてみると、職業選択の自由、安全な職場環境はあるでしょうか?日本の管理職に占める女性の割合は12.8%です。過去3年に職場でパワハラを受けたことがある人は、32.5%。働いている人の65歳以上の割合は13%です。しょうがいのある人の法定雇用率を達成している会社は45.9%です。雇用されている人のうち非正規労働の割合は36.6%です。世界の都市人口のうち劣悪な大気汚染の影響を受けている人は、91%です。ビジネスと人権の問題は、外国人だけでなく日本人の問題でもあるのですね。ちなみに性的指向に基づく雇用差別を禁止している国は、世界で67カ国(193カ国中)です。5
多文化教育の視点から人権を守るには、偏見や差別が自分自身の心の中に、無意識のうちに存在することに気づくことが必要だと思っています。
5.サバイバル・ストラテジーの獲得-キャリア形成とアイデンティティー
心理学者アドラー(Adler 1975:pp.12-23)の「カルチャーショックと適応モデル」では、人が越境を果たし新奇性に満ちた時期を通過し新しい社会に適応し困難に直面する時期は、移住後2~3年目としていました。6 アドラーは、移住者の心理的変容を「位相」(phase)という言葉で分析しています。
第1段階は、国境を越えて異文化圏を体験するのが「接触の位相」です。異文化接触に好奇心をそそられ、興奮を覚え感動する段階です。やがて周囲は特別扱いしなくなり、生活に困難を覚える時期がきて、ホームシックや自信喪失、無気力になる第2段階の「崩壊の位相」がきます。企業は、外国人には、悩みを打ち明ける親密な関係性をもった友人が身近に少ないことに配慮する必要があるでしょう。いまではスマートフォンで母国にSOSを発している人も少なくありません。SNSの情報発信は人権意識にも影響を与えています。第3段階は、主体性を取り戻そうと努力する「再統合の位相」で、重要な段階です。励ましあうことが心を支えます。第4段階は、自文化と異文化の差異と共通点に気づき、両者の間の異同を正当と認め、落ち着きを取り戻す「自律の位相」です。第5段階の「独立の位相」では、文化の差異や共通点の評価に新たな意味づけもでき、キャリア形成から自己実現に向かうことが可能になるのです。複数の国に拠点を置いて回路を創出する選択肢もあります。第5段階、第6段階、第7段階と移住先を増やし、母国と往復するトランスナショナルな選択肢もあります。「定住」そして「永住」の展望は、実質的市民権の獲得に繋がっています。
私は、長年、来日後の苦労の末、日本語習得を果たし起業に成功した難民のキャリア形成に寄り添ってきました。彼らは相互の信頼関係の蓄積を元にサバイバル・ストラテジーを伸ばしているのです。
企業が、外国人への心理的安定に着目し、職場に学び語り合う「安心の居場所」 を創造することが大切です。技能実習生と話すと、アドラーが「人は第2の文化について適切な理解、それを操作する技能を感じ取り、自分の能力として身につけることができる」と指摘したように、周囲との円滑な人間関係を保ち、異文化である日本文化について自分なりの理解ができ自信を持つと、心理的安定感が出てくることが読み取れます。この人格特性は、環境に対する柔軟な対応力と適切な対応技術、つまりサバイバル・ストラテジーを伸ばしているのですね。
6.外国人雇用の成功と実質的市民権
多くの大学が、紛争地域から留学生を受入れる努力を継続していることは将来を考えるととても意義深いです。同様に日本の企業が、移民・難民の雇用を推進し、円滑な人間関係を構築することは、企業の発展にもCSRにも通じる社会貢献です。
つまり外国人雇用の成功の秘訣は、「自律の位相」で、困難を克服し、越境社会でサバイバルできる能力を獲得できる点に着目することです。「独立の位相」は、実質的市民権と繋がっています。「独立の位相」を得て自律・自立した人は、移住先で洗練された対話的能動性をもち、スマートフォンとSNSを駆使して、情報を発信し、責任感をもって人権尊重が当たり前の地域社会を創造することに貢献しています。
5段階の位相から、別の場所に越境し、移民の適応モデルがグローバルな地域社会に息づくこともあります。一方、企業と地域社会は、移民を受容し包摂して鍛えられ、人権意識を高めています。ホスト社会は移住者との遭遇を契機に協働・共創しようとする多文化共創能力を創出してきたのです。
外国人労働者の受入れについては、とかく人口減少と労働力不足という視座からのみ議論されがちでした。非熟練と熟練労働者と家族移民、ケア労働、妊娠と出産など若い世代の「共創・協働」の接触領域に光をあててみませんか。一人ひとりの個性に着目し、異論・反論も自由に語れる雰囲気が重要です。なぜなら職場が「安心の居場所」であることが、「人権尊重」の基礎となるからです。留学生・技能実習生・ 特定技能人材・難民が社会貢献に活躍する内発性に光を当てると、2030年までの「持続可能な開発目標」SDGs(Sustainable Development Goals)の達成に意欲が湧いてきます。
7.未来に向けて 共創経営のビジョンを発信しましょう!
生育老病死に寄り添うライフサイクルの視座は、省庁横断的で総合的な外国人の人権を守る省庁の設立や基本法の必要性を感じさせます。日本が自信をもって内発的な共創社会へのビジョンを国内外に発信することが、さらなる共創経営の知恵を生み出す原動力になります。コロナ禍で医療施設、中小零細企業、福祉施設、学校や地域コミュニティが、いかにして危機を乗り越えたかを丹念に記録し、写真を撮ることは貴重な史料となります。多くの技能実習生が、たとえ母国の民主主義・民主化が危機的状況に襲われても、人権に根ざす「安全の居場所」と多文化共創の信頼関係を実感し、キャリア形成と自己実現に尽力している姿を見てきました。
人類の移動と共創史を世代間サイクルに寄り添って紐解くことは、人間の叡智を学び、地球温暖化問題など共通課題に内発的に取り組むことに帰結します。「気づき愛」の連鎖が、対話力に説得力をもたらし、地球の分断を防ぐことになるのではないでしょうか。
注
1 国際連合人権理事会:ビジネスと人権に関する指導原則
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
2 外務省:ビジネスと人権に関する行動計画(2020年~2025年)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html
3 参考文献としてチョウチョウソーさんのコラムをご高覧ください。
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/115323.php
4 加藤丈太郎さんのコラムもぜひ。
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/115221.php
5 公益財団法人人権教育啓発推進センター:「数字で見る はたらく私と人権」
http://www.jinken.or.jp/archives/19403
6 Adler.P.S (1975)”The Transitional Experience: an Alternative View of Culture Shock”. Journal of Humanistic Psychology.15(4) pp.12-23.
参考 令和3年度経済産業省中小企業庁委託事業「企業におけるCSR・人権担当者向け実践講座」6「外国人雇用の道を拓く人権尊重の共創経営の知恵」講師:川村千鶴子(大東文化大学名誉教授)万城目正雄(東海大学教養学部准教授)
http://www.jinken.or.jp/information/jigyou/event/csr-kouza
著者プロフィール
川村千鶴子:大東文化大学名誉教授。博士(学術。総合研究大学院大学)。多文化社会研究会理事長(1989~)。特定非営利活動法人太平洋協力機構 顧問。東アジア経営学会国際連合産業部会。
『ともに働く 協働共創の価値~なぜライフサイクルの視座が必要なのか~』
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/publish/docs/DJweb_55_soc_02.pdf(英訳版)
経歴:大東文化大学環境創造学部教授、異文化間教育学会。国立民族学博物館研究員、日本移民政策学会理事、新宿区多文化共生まちづくり会議部会長、日本島嶼学会理事、日本オーラル・ヒストリー学会理事等を歴任。
~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~

キンモクセイ 香り豊かに 気づき愛
川村 千鶴子
たがいに気づき合うことを、作者は「気づき愛」という造語にしています。異なる文化を持つ人々と接したとき、違いに気づくことはつきものです。この気づきを「気づき愛」に変えることが、金木犀の花の香のような、かぐわしさをもたらすに違いありません。写真に撮って俳句を創る「写真俳句」をお奨めします。芭蕉や蕪村の俳句とはひと味違った俳句が生まれます。