日本から「気づき愛」の連鎖を

(第30回) 展 望

日本から「気づき愛」の連鎖を

<『都政新報』2020年10月27日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban

(大東文化大学名誉教授・多文化社会研究会理事長 川村千鶴子)

内発的な制度改革へ

人は、いつ、どこで、誰から誕生するか自発的に選ぶことはできない。

写真は出入国管理及び難民認定法が施行され、出入国在留管理庁が設置された2019年に産声を上げた孫だ。フェイスシールド着用で歩き始めた20年は、新型コロナによって世界で115万人の人々が命を失い、4288万人の感染者数が出た(10月25日)。

フェイスシールドをつける孫。10年後には多文化共創社会が実現しているだろうか

パンデミック体験はグローバル資本主義の矛盾を露呈し、経済不況・不景気の不安を生み出した。民族・国籍の違い、性差、文化や宗教の違い、学習歴や情報格差、所得格差が重層的に連鎖する。正規・非正規雇用条件など就労による格差や健康格差も複合的に絡み合う。新自由主義時代は有利な者がさらに有利な立場になれる弱肉強食の世界だ。失業、廃業、難民の生活困窮、無国籍者の存在、高齢者の孤独と絶望感だけではない。法の壁、心の壁、格差の断絶に気づく。マイノリティーにしわ寄せがいき、自己責任とされない新しいまちづくりへの挑戦がなされてきた。

孫は、お構いなしですくすくと成長している。乳幼児期とは自己意識の発生の原点であり、アイデンティティーを形成する。他者との接触によって社会における多様な人々との共存環境への親和性を生みだし、生活の基盤を形成する大切な時期である。幼児期の安定的環境を維持するために、子どもと親同士や教育に携わる現場と行政の三者が連携し、コミュニケーションを取り、ストレスのない社会空間の構築が大事だ。

本連載の多文化共創をライフワークとする実践者の示唆的な提案が内発的な制度改革につながるように、10年後から逆に日本社会の振り返り予想を試みたい。

10年後の多文化共創社会

国は多文化共創社会のインフラ整備として、国勢調査で外国にルーツを持つ子どもの統計調査を行う。外国にルーツをもつ子どもたちの日本語教育を推進し、強力なサポート体制をつくる。学習権は生存権であるという認識のもとに、基礎教育と医療へのアクセスを保障するための法的整備を行う。こうした地道な努力が包括的な社会統合政策につながる。国と自治体は無国籍者や多文化家族に寄り添い、専門の相談窓口を設置してきた。外国人技能実習機構、在留外国人支援センターや東京都つながり創生財団も安心して相談できる場となる。庇護申請者や無国籍者が相談できる。難民を積極的に雇用する企業が急増し、外国人材の受け入れは人手不足の解消ではなく、労働環境の改善と定住外国人の実質的な市民権を踏まえた持続可能な共創・協働社会に変えるチャンスである。

移民政策は票につながらないと言われていたが、国家がビジョンを明確にすることによって、移民政策や難民・無国籍の課題に取り組む政治家が選出されるようになる。多文化共創社会とは、単に外国人との共生や文化的多様性を尊重するだけではない。人間の安全保障を基礎として、障がい者、ひとり親家庭、LGBTQ、高齢者、留学生、技能実習生、特定技能外国人、難民、無国籍者など多様な人々と、隣人として自立する市民としてより積極的に交流する社会である。

10年後、孫世代は10歳となる。小学校では、国連で定めたSDGs(持続可能な開発目標)がどの程度達成できたかをやさしい日本語で振り返る。多様な社会の構成員の連携が持続的な社会の実現に貢献し、人権を尊重する社会づくりにつながっただろうか。SDGsのゴール8は経済成長と雇用、移住労働者の権利、安全・安心な労働環境を促進する。ゴール12はつくる責任・つかう責任。ゴール16は平和と公正、責任ある包摂的な制度の構築。ゴール17はグローバル・パートナーシップだ。多様性を尊重し、国際社会に人権と環境を重視するガバナンス構築へのアプローチである。

人権はみんなのもの

気づき愛は、非正規労働者、非正規滞在者、難民申請者などの人権を問い直す。全体主義的監視か、多文化共創の市民の時代なのか。コロナ禍と衰退期にあって移民・難民との協働・共創に新たな価値を見いだす。メディアの役割はますます重要となる。新型コロナによりリモートワークが普及し、リモートラーニングにも慣れてきた。さまざまな相乗効果をMulticulturalSynergy Effectsと呼んでいる。

 「No One Left Behind!誰一人取り残さない世界を目指して!」が小・中学生の合言葉となり、人権の概念を大切にし、異種混交性と幸福度の高い社会を目指すことが基礎教育に生きている。グローバルな連携と持続可能な地球の未来を目指すことは、自然な感覚になった。

気づき愛は、社会人教育にも多文化共創社会の実現にも資する。外国人材と企業と地域が信頼関係を培い、日本が世界に幸福度の高い「気づき愛」(GlobalAwareness)の連鎖を起こせる可能性がそこにあるだろう。

(大東文化大学名誉教授・多文化社会研究会理事長 川村千鶴子)