幅広い学習機会の提供を

(第12回) 社会教育の役割

幅広い学習機会の提供を

<『都政新報』2020年8月21日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban

(相模女子大学学芸学部教授 渡辺幸倫)

外国出身の住民を生活者として受け入れようとする考え方が広まっている。2016年の「東京都多文化共生推進指針〜世界をリードするグローバル都市へ〜」では基本目標として、「多様性を都市づくりに生かし、全ての都民が東京の発展に向けて参加・活躍でき、安心して暮らせる社会の実現」を掲げた。外国人も東京都の一員としてしっかりと位置づけたことは意義深く、それまでの「支援の対象となる弱者」「顔の見えない労働力」といったステレオタイプの外国人像を脱却しようとする意志が感じられる。各部門ではこの指針で示された考え方を現状に合わせて解釈し、日々の業務へと展開することが求められている。

新型コロナウイルスの影響で入国外国人数は激減したが、外国人住民数はさほど減少していない。東京都の一員として外国人を処遇していく動きを遅らせる理由はない。必要な行政サービスを各部門が提供することで、自立した都民を増やす取り組みが、結果として世界をリードしていくものになるだろう。

さて、筆者は近著『多文化社会の社会教育』(明石書店)で、多文化多民族化が進行する日本で、住民自治の経験を積み上げてきた社会教育がどのような役割を果たせるのかを問うた。概して外国人の教育については、子どもの日本語指導や国際交流部門の提供する日本語教育に焦点があたりがちだ。日本語は暮らしのあり方を左右する重要な要素であり、緊急性、必要性の高い分野である。しかし、社会教育や生涯学習を含む、その他の分野の教育が十分に提供されているのかは今一度問い直す必要がある。

筆者の編著『多文化社会の社会教育』

18年の「外国人材の受け入れ・共生のための総合的対応策」では、全国の自治体が設置する一元的相談窓口支援の強化が表明され、医療、在留手続き、福祉などに関する情報提供や相談受付の拡充が進められている。対象にはすべての外国人が含まれる。これまで自治体ごとに対応に苦慮してきた経緯を考えれば大きな前進である。窓口の運営は行政の外国人相談業務を拡大する形で行うことが多いが、これまでのあり方を振り返れば「生活に困らないように」という目標設定に対応した生活情報や日本語教育の提供にとどまり、社会の仕組みや個人の権利・義務、趣味や職能の開発などを含む「より豊かに生きる」ことを目指した学習の機会が十分に提供されるのかが懸念される。いうまでもなく、この懸念の背景には人権としての幸福追求の権利や教育を受ける権利の実現が念頭にある。

特に18年の入管法改正では日本国の意志として外国人を招き入れることを表明した。字義どおりの「国民」でないからといって、これらの人々の権利が保障されないということは許されない。外国人のためにも、一人ひとりが自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができることを目指した、幅広い学習機会が提供されなければならない。

このような社会状況の中、これまでも連綿と地域の学習ニーズをくみ上げてきた公民館、図書館、博物館などの社会教育施設が、変化する住民構成に応じてその活動の内容を変えていくことが期待される。たとえば、住民の言語的文化的背景に応じて講座や蔵書のあり方を調整するというような視点もあってよいだろう。もちろんこれらの教育の提供も限られた予算や資源で行われる。説明可能で効率的な実施のためには十分な教育・学習ニーズの調査が必要だ。しかし、日本人の学習ニーズと同じような深さで外国人の多様な学習ニーズを調査している例は極めて少ない。

そこで筆者は20年初めから北野生涯教育研究財団の助成を受け、外国人住民の教育ニーズ調査法の開発をめざすプロジェクトを開始した。比較可能性も意識したテンプレートを多言語で作成し、ウェブでのアンケート実施・集計を含めたものを無料頒布することを構想している。自治体による本格的な調査は膨大な時間と予算が必要になる。なるべく情報技術を駆使することで予備的であったとしても新しい視点からの情報を簡単に得られるようにし、行政担当者が情報の分析や施策の立案に時間が使えるようにするというのがプロジェクトの意図だ。コロナ対策で情報技術の活用が進んだ。新しい取り組みを進める際の閾値も下がった。各所で行われている業務の改善の一助になればと願っている。

(相模女子大学学芸学部教授 渡辺幸倫)