多読味読<91>:佐々木てる編「複数国籍―日本の社会・制度的課題と世界の動向」

【多読味読<91>:佐々木てる編「複数国籍―日本の社会・制度的課題と世界の動向」明石書店 296ページ】

多文化社会研究会のみなさま

       川村千鶴子です。

複数国籍に関する画期的な学術書を佐々木てる先生からご恵与いただきました。
多文化研の多読味読担当理事は、佐々木てる先生ご自身なので、本書の紹介文を佐々木先生にご執筆いただきました。
以下に添付いたします。どうぞ、ご高覧くださいませ。

必読書です。

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 本書は複数国籍に関する、日本初の専門書だといえるだろう。複数国籍という用語自体は一般的にはあまり聞きなれない用語かもしれない。メディアなどで使用される言葉としては、「重国籍」「二重国籍」といった用語の方が、馴染みがあるだろう。用語に関しては、後述するが、こうした複数の国籍を保持する人びとは近年ますます増加しており、法的にも認められた存在だといえる。
たとえば、日本においても、国際結婚などの結果、生まれながらにして二つ以上の国籍を持つケースもあり、二〇歳まではその状態は法的にも認められている。また一八歳から二〇歳までの間に国籍選択が義務付けられているものの、相手国が国籍放棄を認めないケースがある。このことに関しては、日本は海外の法律に関して介入できるはずもなく、複数国籍保持の状態を認めざるをえない。
 ここで重要なことは、世界各国が自国の法律によって、国民を決定しているかぎり、国籍が複数になる事例が生じることは必然だということである。たとえば、日本のようにどこで生まれようと、両親のどちらかが日本人であれば、子どもは日本人になる血統主義を採用している国もあれば、両親がどこの国の人であれ、自国の領土で生まれた場合はその国の国籍を与えるという出生地主義を採用している国もある。このように、複数の国籍を持つことは、国家が自国の国民を決定するルールをそれぞれ決めている以上、結果として生じることになる。もちろん、国民の所属が二重、三重になることは好ましくないという意見はずっと存在していた。そのため、国際的にも一つの国籍であることが推奨されてきた。しかしながら、国際化が進み、人の移動が国家の枠を越えれば越えるほど、複数国籍を持つ人が増え、その存在は国際的にも承認せざるをえなくなっている。そのため近年では、積極的、消極的かは別として複数国籍を認め、生涯にわたって国籍選択を迫らない国が増えている。
 こうした現状にもかかわらず、日本では複数の国籍を持つことに関する本格的な議論は行われてこなかった。その最も大きな理由の一つとして、複数国籍者の日本の状況、世界の状況について多くの人が知らないということが指摘できる。そもそもどのような理由で複数の国籍を保持することになるのか。日本の法律はどのように対応しているのか。複数の国籍を持つ人はいったいどのくらいいるのか。世界的にはどのような傾向にあるのか。こういったことに関して、正確な情報が少ない。つまり複数国籍保持の是非を問う以前に、その議論の前提となるような、基本的な情報が提供されていないのである。それにもかかわらず、一般的に複数国籍を保持していること自体が違法であるかのような言説が出回っているのも事実である。

本書の中心的な目的はまさに、こうした複数の国籍を持つことに関する、議論の土台を提供するものである。

佐々木てる

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複数国籍―日本の社会・制度的課題と世界の動向

<https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784750354781

佐々木 てる(ササキ テル)(編)

<https://www.hanmoto.com/bd/akashi> 明石書店

296ページ

複数国籍(重国籍)とは何か? 複数国籍をめぐる日本の社会状況および法制度とその運用、世界各国の動向、当事者の抱える問題などについて、学際的視点から迫る。
単一国籍の原則と社会の実態の乖離を明らかにする、複数国籍をめぐる重要基本文献。

目次

序論[佐々木てる]
 はじめに
 本書の中心的テーマ
 国籍とは
 本書の構成
 おわりに

第Ⅰ部 日本の複数国籍をめぐる社会状況

第1章 近年の複数国籍をめぐる日本の議論について[佐々木てる]

 はじめに
 1 複数国籍をめぐるこれまでの議論
 2 国会議員の国籍――蓮舫議員のケース
 3 ロシアで出生した子どもの国籍(国籍確認訴訟)を通じた議論
 4 スポーツ選手をめぐる議論
 おわりに

第2章 複数国籍に関する社会意識――「複数の国籍を保持することに関する調査」の基礎分析から[佐々木てる/人見泰弘]

 はじめに
 1 外国人の増加をめぐる意識について
 2 周囲にいる複数国籍者について
 3 複数国籍者の就任可能な職業について
 4 国籍および複数国籍の性質について
 5 国籍の取得方法・条件について
 6 日本人の条件について
 7 国籍選択制度に関する項目について
 おわりに――まとめと今後の課題

第3章 国籍法をめぐる日本人当事者の実情[武田里子]

 はじめに
 1 複数国籍をめぐる政策の変化――寛容から厳格化へ
 2 国籍法をめぐる事例
 3 国籍法一一条一項の子どもへの波及
 4 海外に居住する日本人
 おわりに

第4章 国籍離脱の自由の規範内容と複数国籍の合理性[近藤敦]

 はじめに
 1 基本的人権の尊重と国籍離脱の自由
 2 国民主権と国籍離脱の自由
 3 平和主義と複数国籍を認めることの合理性
 4 国際協調主義と国籍離脱の自由
 おわりに

第5章 日本の行政機関における国籍管理の現状と複数国籍者把握の可能性[大西広之]

 はじめに
 1 日本における国籍に関する諸制度と国籍確認
 2 日本の戸籍制度と国籍管理
 3 国籍確認の行政実務
 4 複数国籍者把握の現状と国籍認定の限界
 おわりに――国籍管理と複数国籍制度のあり方について

第Ⅱ部 複数国籍をめぐる世界的な動向

第6章 複数国籍者からの国籍剥奪――国家安全保障を軸とした議論の行方[手塚沙織]

 はじめに
 1 イスラーム国参加者の帰還への対応
 2 ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカの各国の事例
 3 複数国籍者からの国籍剥奪をめぐる諸外国の政策の行方
 4 複数国籍者からの国籍剥奪における論点

第7章 ドイツの複数国籍――「現実」と「原則」の乖離[佐藤成基]

 はじめに――国籍制度の「開放化」と複数国籍容認への抵抗
 1 ドイツにおける複数国籍の現状
 2 ドイツにおける複数国籍政策の経緯
 3 「世代限定」モデルの可能性
 4 今後の展望

第8章 制度的寛容の持続とゆらぎ――英国における複数国籍[樽本英樹]

 はじめに――英国は寛容な国なのか?
 1 国籍と市民権
 2 帝国という遺産
 3 移民と市民権の安全保障化
 おわりに――寛容な国の不寛容さ

第9章 アメリカ合衆国とカナダにおける複数国籍の容認と分岐[南川文里]

 はじめに
 1 国籍唯一原則の時代――国籍離脱制度の整備と複数国籍の否定
 2 排他的忠誠から自発的意思へ――アメリカにおける複数国籍容認
 3 カナダにおける複数国籍制度の確立――アポステリオリな承認と多文化主義
 4 グローバルな移民の時代と複数国籍批判
 おわりに

第10章 東アジアの無国籍者と複数国籍者――国々のはざまにいる人びとのアイデンティティ[陳天璽]

 はじめに
 1 東アジア各国のはざまにいる華僑華人たち
 2 中華民国の「無戸籍国民」
 3 ケーススタディー
 おわりに

第11章 旧ソ連圏諸国に広がる国境外国籍(Extraterritorial Citizenship)――ソ連解体後になぜ複数国籍者が増えているのか[小森宏美]

 はじめに
 1 連邦国家の解体と国籍
 2 各国の国籍政策の推移と複数国籍状況
 3 旧ソ連圏諸国における国籍政策の特殊性
 おわりに

佐々木 てる  (ササキ テル)  (編)
青森公立大学経営経済学部教授。専門:国際社会学、地域社会論
主な著書:『マルチ・エスニック・ジャパニーズ――〇〇系日本人の変革力』〈移民・ディアスポラ研究5〉(編著、駒井洋監修、明石書店、2016年)『パスポート学』(共編著、北海道大学出版会、2016年)他多数。