【多読味読<82> 新垣修著『時を漂う感染症 ―国際法とグローバル・イシューの系譜』慶應義塾大学出版会 2021年8月20日刊行 353ページ】

多文化研のみなさま
新垣修先生
慶應義塾大学出版会のみなさま
新型コロナの感染者数は2億720万人を超えており、世界的規模での終息の兆しはまだ見えません。
グローバル社会において、感染症の歴史と国際法とはどのような関係性にあったのでしょうか。
170年にわたる疫病と世界の変容を、国際基督教大学教授の新垣修先生がおまとめになり、この度、慶應義塾大学出版会から刊行されました。
新垣先生、ご恵与賜りありがとうございました。国際法の軌跡を学ばせていただきます。
みなさま、このインパクトのある表紙と実に説得力ある目次のページはぜひここをご高覧くださいませ。↓
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766427622/
<多読味読>では、大学院時代に新垣先生のご指導を受けられ、現在憲法学と法学を専門にご研究されている、筑波大学の秋山肇先(多文化研理事)との対談を通じて本書をご紹介いただきます。
川村千鶴子

(秋山)『時を漂う感染症−国際法とグローバル・イシューの系譜』のご出版、おめでとうございます。
(新垣)ありがとうございます。
(秋山)まず、本書全体の目的について教えてください。
(新垣)第1回国際衛生会議がパリで開催されてから、今年はちょうど170年目の年にあたります。この歴史の節目に、感染症と国際法の関係の系譜を辿ることにより、その変化の様子を可視化することが目的でした。
(秋山)つまり、感染症と国際法がどのように交わり、変化し、次の世代にどう継承されていったのかを明らかにすることが主旨なのですね。
(新垣)そうです。どのアクターが、いつ、どのように、なぜ、感染症をめぐる国際法に変化をもたらしたのかという点の探究に重点を置きました。そのためには、戦間期や戦時期、冷戦期などにおける国際体制の変容や、国益・脅威に関する認識の(再)構成、科学・医学の発展といった、国際法の変化の背後にある要因にも意識を向ける必要がありました。
(秋山)なるほど。では、本書の射程について教えてください。
(新垣)国際法全般の系譜をカバーしているわけではありません。ですが、国際衛生条約とそれを基礎に成立した国際衛生規則、さらにそこから展開した国際保健規則を軸に据えています。
また、国際人権法や安全保障といった領域も含んでいるので、感染症をめぐる国際法の系譜を辿る上で必要な範囲をおおよそおさえているかと思います。
また、いくつかのグローバル・イシューに関する国際法の系譜も取り上げています。
まず、感染症医薬品、つまり、エイズの治療・延命に必要な医薬品です。
第2にワクチンへのアクセスとその世界的分配、第3に「感染症の武力化」とも言える生物兵器とバイオテロへの取り組みです。さらに最終章では、レジーム論の観点から、感染症をめぐる国際法の軌跡を鳥瞰しています。
(秋山)新型コロナウイルス感染症パンデミックの最中に本書を書かれたそうですね?その時期に執筆された動機は何なのでしょうか?また、どのようなことに注意して書かれたのですか?
(新垣)国際法が感染症にどう関わってきたのかという歴史を、新型コロナの猛威をまさに体感しているその瞬間に書き残しておきたい、というのが動機でした。
新型コロナは、世界においても、私個人においても、計り知れないほどの激震をもたらしました。ですが、日常の風景をすっかり変えてしまったこの感染症も、将来はその姿を変えているはずです。そして、時を漂う中で、それもやがて歴史の中の一頁となることでしょう。このような認識から、本書執筆中には、世界や私個人が置かれた事態を、歴史の一コマとして相対化する意識を保つよう努めました。
また、感染症をめぐる国際法の史的変遷を知るためには、国際政治の動きはもちろん、感染症そのものや実際の政策・対策といった様々な課題まで踏み込まなければなりませんでした。私は自分の浅学を自覚しており、このような多角的アプローチをとることには大変躊躇していました。ですが、勤務先であるICUのキャンパスに静かに吹く、リベラル・アーツの風が私の背中を押してくれたように思います。
(秋山)学問が細分化する中、勇気を持って広い視野で研究することの大切さを感じさせてくれる、私の背中を押してくれる1冊でもあります。
では最後に、出版後の今のお気持ちと多文化研へのメッセージをお聞かせください。
(新垣)感染症は、人類にとって切り離せない事象かと思います。それは、感染症が、納得できる理由もなく唐突に訪れる死の不条理を人類に伝えてきたから、というだけではありません。死と不可分の不条理を教えることで、何気ない日常を慈しみ、他者を愛し、命を賛美する価値を人類に悟らせてくれているからでもあります。
また、この不条理を知り、それを乗り越えようとするからこそ、人類は医学や科学技術を発展させ、新しい社会を構築してきたとも言えます。私個人にとって、感染症と国際法の関係史を知ることは、国際社会が何を捨て、何を残し、何を足し、何を忘れ、なぜそうなったのかを学ぶプロセスでした。同時にそれは、私自身のこれまでの生き方を問う、第一歩なのかもしれません。
(川村)対談形式にするとお二人の視座が鮮明に伝わってきました。ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
✤国際法と感染症の関係について興味のある方はぜひご連絡ください。
〒181-8585 東京都三鷹市大沢3−10−2
国際基督教大学(ICU)教養学部教授 新垣修 (ARAKAKI, OSAMU)
Tel: 0422-33-3163
E-mail: aosamu@icu.ac.jp
川村千鶴子
Emeritas Prof. Dr. Chizuko Kawamura