多読味読<80>:代表編集・川村千鶴子『多文化共創社会への33の提言:気づき愛Global Awareness』

【多読味読<80>:代表編集・川村千鶴子『多文化共創社会への33の提言:気づき愛Global Awareness』都政新報社】

日本社会の多様化と寛容性
(書評:多文化共創社会への33の提言:気づき愛 Global Awareness 編集代表:川村千鶴子 都政新報社、2021年)

青森公立大学 経営経済学部
地域みらい学科 教授 佐々木てる

2021年7月、新型コロナウィルスの蔓延に歯止めがかからないまま、東京オリンピックがスタートした。日々の選手の活躍に注目が集まり、称賛と応援が送られる裏で、一日あたり過去最大の新型コロナ感染者数が出ている。この状況は今の日本社会の状況を映す鏡となっている。すなわち一方においては、グローバル化を進め多様性を承認したいという想いと、他方においてはそのための国内的な整備や準備ができていないという現状である。

本書は上記のような日本社会の現状に対し、一歩進んだ観点、すなわち「多文化共創社会」という点からつくられた書物である。そして、その内容は日本社会が様々な場面で考えなくてはならない、多文化への対応が網羅されている。

本書の構成を確認しておこう。
本書は第Ⅰ部、第Ⅱ部にわかれており、第Ⅰ部が総論、第Ⅱ部が各論となっている。本書で特徴的なのは第Ⅱ部の各論であろう。第Ⅱ部は「第1章 外国人受け入れ政策」「第2章 地域コミュニティ」「第3章 保健・医療・介護」「第4章 外国人雇用」「第5章 住民サービス」「第6章 教育政策・言語教育」「第7章 日本語教育」「第8章 人権と権利とは」「第9章 諸外国の取り組み」となっている。一世代前の外国籍者を巡る議論は善くも、悪くも「受け入れるか否か」という視点が中心であった。しかし、マルチ・エスニック化が進み、二世代、三世代化が進んでいる現在、こうした実生活で直面する場面、場面に応じた課題や政策提言が必要になってくる。それぞれの章で、3~4人の執筆者が専門の分野に即して、まさしく「提言」を行っている。例えば在留特別許可に対する「ポイント制の導入」(42頁)、大学・専門学校の留学生への卒業後の対策(98頁)、住民サービスとしての優しい日本語やイラストの活用(70、110頁)など、様々なアイデアがちりばめられている。なにより重要なのは、本書が基本的に現在ある人々といかに共生しいくかという視点にたった提言を行っていることである。

本書の根本理念を確認しておこう。
編集代表である川村は「多文化」とは、様々な「差異の承認」だと指摘する。そして「多文化共創社会とは、単に文化的多様性を尊重するだけではない。日本人の多様性にも照射し、人間の安全保障を基礎として、身体的条件、社会階級、ジェンダー、LGBTQ、高齢者、留学生、技能実習生、特定技能外国人、移民家族、難民、無国籍者など多様な人々との「気づき愛」(Global Awareness)の社会を示している」と述べる。そして皆が、自らが責任のある「実質的市民」として、主体的に社会に参画することこそが、多文化共創を社会の実現になると主張する(4頁)。これまでの議論はともすると、マジョリティ-マイノリティ図式を前提として、マイノリティはあくまで支援すべき対象としてあつかわれていた。それに対し、本書では明確に「実質的市民」として行動も求めている。そして本書の提言は、マジョリティ側の一方的な提供ではなく、あくまで「共創」を基本として提言になっているのが特徴的である。冒頭で多様性を承認するための国内的な整備や準備ができていないことを指摘したが、それは全て当該社会に所属する人々の課題であり、政治のみに任せる問題ではない。共に社会を創るという当事者意識、主体的な姿勢がなければ進まないものだといえる。

さて、本書における「共創」の理念を支える、もう一つ重要な視点はGlobal Awarenessである。本書はこれを「気づき愛」という言葉で表現している。やや理想的すぎる、少し恥ずかしくなるような言葉であるものの、本質的な問題を捉えているといえるだろう。互いを尊重し、気づきあうためには、他者を想う「愛」が必須になってくる。さらにこの概念は、世界的な飢餓や持続可能な社会の実現、近年のSDGsの理念も視野に入れている(22頁)。そういった広い意味での人類愛の観点こそ、実はこのパンデミックの広がる現状においては考え直す必要があるのといえる。昨今の新型コロナに関する報道をみると、病気にかかった人を排除、非難したり、海外から来た人、地域外から来た人をバッシングしたりするような事例が数多く報告されている。またSNSをみると、心ない書き込みはいまだ無くなっていない。そこには根本的な人への信頼や愛情が欠如し、どのような社会を創っていきたいのかという理念が欠如している。日常の身の回りのこと、目の前の出来事を処理することで精いっぱいで、社会の進むべき方向性が見失われていると感じられる。そういった意味で、Global Awarenessというものは、社会的な想像力を取り戻し、人類社会の共通の目標となりえるような理念といえる。

さて本書を通底するこれらの理念は、現実的にどの程度有効性を持つのであろうか。現在の日本の状況を鑑みるに、多様性の承認や「気づき愛」といったものの実現はまだまだ困難な道だと思える。特に昨今の日本、および世界的な状況はグローバルな相互共存より、自国中心主義、閉鎖的なナショナリズムの傾向が強い。私自身は重国籍問題に取り組んでいるが、日本におけるここ数年の複数国籍を巡る裁判では残念な結果が続いている。近年では複数の国籍の保持を認める国は増えており、実質的には自国以外の国籍の放棄は強要できないのが現状にも関わらず、時代にあった法律にはなかなか改善していかない日本の状況は歯がゆいものがある。また地方の現状を見ると、富裕層と貧困層の経済格差がますます広がっている気がする。身近な話題でいえば、コロナ禍における大学中退や進学をあきらめる現状がそこにはある。こういった状況下において、どのように多文化共創社会を実現していくのか。そしてGlobal Awarenessを確立していくのか。他者以前に自分自身の生活に向き合わなければならない状況が増している中、「気づき愛」は可能なのだろうか。また、本書ではいわば「現場」での経験と、そこからの立場での提言が中心であった。しかし同時に大きな理念を成し遂げるためには、やはり国、そして世界全体の進方向性が重要になってくる。その意味では今後すすむべき、より精緻な社会の全体像をもっと提示していく必要もあるだろう。その全体像の輪郭が見えてこそ、本書のそれぞれの提言、そして取り組みが生きてくるのではないだろうか。多文化共創社会、「気づき愛」は理念としては正しい。そして今後のあるべき社会像として魅力的なものである。しかしそこへの道のりはまだはじまったばかりだといえる。執筆者のそれぞれが、現場で取り組んでいるように、多くの人が関心を持ち、同様の理念に向かう姿勢がでてこなければ単なる理想に終わってしまうだろう。

上記の視点を含め本書のどのように活用していくかを述べておこう。本書は手に取ればわかるように、決して分厚い本ではない。にもかかわらず、33の提言がある。その意味で各執筆陣はもっと伝えたいことがあったと考えられる。そのため、あくまでそれぞれのテーマの導入として本書を利用するのがよいと思う。それぞれのテーマは非常に重要で、難しい課題が多い。そのため本書を読んだだけで、全てを理解することは不可能である。この問題にはじめて取り組む方々や初学者、学生に是非読んでいただきたい。また行政など現場で働いている人々は、それぞれの提言を確認しておくこともよいだろう。あくまで一つの手がかりとして手に取ってほしいと思う。本書を手に取り、多文化共創社会に興味を持つことで、一つのAwareness(気づき)が生まれ、そこから「気づき愛」に進むことを切に願う。

最後にこれらの多くのテーマを一冊の本にまとめ、そして社会理念を問う本書を提出した編集代表者に敬意を表したい。

青森公立大学 経営経済学部
地域みらい学科 教授 佐々木てる

佐々木てるプロフィール:青森公立大学 経営経済学部 地域みらい学科教授。博士(社会学)。略歴:東洋大学社会学部卒業。筑波大学社会科学研究科社 会学専攻修了。筑波大学助手、青森大学社会学部教授を経て現在に至る。
所属学会:日本社会学会、移民政策学会、オーラルヒストリー学会。
専門:国際社会学、地域社会論。博士論文では在日コリアンの帰化をテーマに執筆。現在は重国籍(複数国籍)に関する研究をすすめている。また青森では、地域社会を研究対象とし、地元の祭(ねぶた祭)を通じた地域住民のネットワークについて分析。また青森県の人口減少対策としての外国人住民の移住・労働に関しする研究を行っている。
主な業績:『日本の国籍制度とコリア系日本人』(単著、明石書店2006)、『マルチ・エスニック・ジャパニーズ:〇〇系日本人の変革力』(編著、明石書店2016)。『パスポート学』(編著、2016北海道大学出版会)、「日本人にはなれない、日本人であり続けることができない」『別冊環 24』(藤原書店2019)、「複数国籍容認にむけて―現代日本における重国籍者へのバッシングの社会的背景」『移民政策研究11』(移民政策学会2019)、「保守化する時代と重国籍制度 ~ナショナル・アイデンティティから視る現代日本社会の国籍観~」『エトランデュエ』(在日本法律家協会2018)など多数。
(詳細:https://researchmap.jp/terurio/