【多読味読<79>:猿橋順子著『国フェスの社会言語学:多言語公共空間の談話と相互作用』三元社 2021年7月20日 】
多文化研のみなさま
コロナ禍にあっていよいよオリンピック・パラリンピックの開幕ですね。
多文化研は、「協働・共創」「生老病死」「冠婚葬祭」「遊びの共創」「ウェルビーイング」などと、フェスティバルやお祭りや遊びからの多面的アプローチが得意で筆力があります。
先週、多文化研会員の猿橋順子さん(青山学院大学教授)からホットな学術書をご恵贈いただきました。

猿橋順子著『国フェスの社会言語学:多言語公共空間の談話と相互作用』三元社2021年7月20日
タイトルからアカデミックで、横書き230ページの単著で、新たな博士論文のような力作です。
まずは、その着眼点の拡がりに惹き付けられます。
このように<多読味読>は、読書の味わいを複眼的に深めるために4年前から多文化研の会員が上梓された書籍や論文・記事などをご紹介しております。
今回は、少しリラックスしてインタビュー形式で・・・
<川村千鶴子> 猿橋順子先生、素晴らしい着眼点ですね。
ぜひ、問題の所在から貴書の流れと結論をご教示くださいませ。
<猿橋順子>
多文化研の皆さま。
東京は4度目の緊急事態宣言の中、オリンピック・パラリンピックの開催となり、おひとりおひとり、置かれた状況や環境によって心の持ちようもだいぶ違う、隣の人がどう思っているかを確認することもままならない、そういう本当に不思議な社会になっていると感じます。このような時期に本を出すということは、不安に思うこともあったのですが、縁あって三元社さまが出版を引き受けてくださいまして、この時期を狙ったということではまったくなく、出来上がったタイミングが今だった、ということでございます。
多文化研で紹介させていただく機会を頂戴し、たいへんありがたく思っています。
<川村> タイトルがユニークですね
<猿橋> タイトルに付けました「国フェス」も「多言語公共空間」も「談話」も、あるいは耳慣れないという方もいらっしゃることでしょう。「国フェス」は私が作ってしまった言葉で、一般的ではないと思います。
ナマステ・インディアやブラジルフェスティバルなど、国名を掲げるフェスティバル、お祭りということです。
通常、お祭りの研究というのは、ひとつの催事に注目して、その発端から成長の過程、現状、将来展望など、いわば通時的に見ていくことが多いと思うのですが、今回、私は「代々木公園」という場所に注目してみました。重要なのは公共の場所、ということですが、そこに、入れ替わり立ち替わり、持ち込まれては撤去される、モノ、コト、ヒト、コトバ、ウゴキに注目したということです。
<川村> 特にご研究の独創性はどこにありますか?
<猿橋> 「談話」は、それぞれの場や状況に応じて使われがちな表現のセットと言ってもいいかもしれません。教室には教室特有の話し方が、お寺にはお寺の言葉の使われ方があります。国フェスにも国フェスという場に循環しがちな言葉遣いがあって、これを紐解いていくと人々が共有している価値や意味が見えてきます。たとえば「発見する」とか「~好き」とか。
レパートリーがたくさんあること、多様性が価値付けられていることは当然確認されます。ここで「使われがち」と言いましたが、談話は固定されたものではなくて、新たに紡ぎ出されていきます。そういう動的な面を捉えようとする姿勢が、談話研究が言語研究とはひと味違う、特徴のひとつと言えると思います。
<川村> 論点の展開と本書の流れをご紹介くださいませ。
<猿橋> ごく簡単にですが各章の流れを紹介したいと思います。
まず第1章で、ここで言う国フェスとは何か、国フェスを研究する意義について確認した上で、第2章では私が実際に実地調査を行った15の国フェスについて、その発端、今に至る経緯を簡単に紹介しました。

第3章は、8つの国フェスのチラシの分析をしました。
第4章以降が実際の国フェスの会場で見られるモノ・コト・やりとりの事例研究になっています。
第4章では飲食・物販エリアで国名や都市名など、地名がどう用いられているか掲示物から抽出して分析しました。
第5章はステージで行われるトークショー。ここではアイ・ラブ・アイルランド・フェスティバルからの事例なのですが、通訳が介在して行われる複雑なやりとりを丁寧に見ていくということをしています。
第6章では、会場のあちこちで展開されているカンボジアフェスティバルならクメール語講座のような、即興的な教室空間みたいなものがフェスティバル会場に見られます。ここでは、タイプの異なる、でも参加型という意味で共通している事例を紹介して、その特徴と意義を論じました。

第7章は、ふたたびステージに注目して、これは台湾フェスタからの事例なのですが、タイヤル族のルーツをもつEri Liaoさんというとても素敵な多言語シンガーがいらっしゃいます。
彼女の実際の楽曲紹介の言葉を談話分析で見ていきました。Eriさんは、東京の台湾フェスタに集まる人に馴染みのある曲からはじまって、最後は台湾原住民の歌を、会場全体で歌うという風にいざなっていっていて、それがとても素晴らしかった。実際に私も会場で観客のひとりだったわけですけれども。それを学術的に分析してみた、ということです。
第8章では、昨年の11月に、感染症対策を講じて開催されたベトナムフェスティバルからの調査報告です。
「新しい日常」の催事を考える上で、参考にして欲しいことを、時期尚早かもしれませんが、今言えることとしてまとめました。
このように、国フェスという場の複雑系を、さまざまな観点を盛り込んで、違う観点から斬り込んで、編成してみた、というのが本書です。
また、本書はコラムに力を入れました。見開き2頁の短い記事風にしたのですが、国フェスを支える人たちの素顔とか、国フェス研究の面白さとかを感じていただけると思います。
お手に取っていただいて、ご感想もご批判も、忌憚なくお寄せいただけたら嬉しく思います。ありがとうございました。
目次
第1章 国フェスの社会言語学的研究――意義と方法
第2章 調査の手順と国フェス事例の概要――開催の趣旨と経緯
第3章 国フェスのチラシのマルチモーダル談話分析――A4紙一枚に凝集される国フェス
第4章 国フェス会場に展開される国名・地名――想像の国家空間
第5章 トークショーでの二言語使用――通訳が介在する相互作用
第6章 参加型の言語関連活動――文化資本としての当該国言語
第7章 音楽ライブでの多言語使用――多言語シンガーと観客の相互作用
第8章 感染症対策を講じた国フェスから見えること――「新しい日常」における国際交流イベントの課題と展望
第9章 結論――多様性が価値づけられる多言語公共空間形成過程への示唆
コラム
「私が国フェスに惹きつけられる瞬間:インド人フォークアーティストの所作」
「公式ホームページの多言語設定:複数言語による情報伝達と各言語の存在感」
「少数民族語の存在:ミャンマー祭りに見るシャン語・シャン民族の顕在性」
「総合司会者の役割:演目紹介、時間調整、会場案内、通訳、そして危機管理」
「実行委員会における当該国出身者の活躍:異文化間コミュニケーターの視点」
「ボランティアに期待される言語能力:当該国言語の使用域を広げる可能性」
「ある老舗エスニックレストラン店主にとっての国フェス:距離感と解放感」
「コロナ禍に思う、越境する音楽の力:韓国打楽器奏者、李昌燮さんの祈り」
「コロナ禍のベトナムフェスティバル:つながりを絶やさない留学生達の輪」
<川村> 実証的な社会言語学のアプローチ、ありがとうございました。ぜひ多文化研の皆様も読んでいただき、感想と意見交換をいたしましょう!!!
以下は猿橋順子さんのプロフィールです。

猿橋順子(さるはし じゅんこ)
青山学院大学国際政治経済学部国際コミュニケーション学科教授。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科国際コミュニケーション専攻博士後期課程修了。博士(国際コミュニケーション)。専門は社会言語学、言語政策研究。特に移民にとっての言語問題の克服、エンパワメントとアイデンティティ、受入れ社会の言語対応に焦点をあてて研究を行っている。近著に『二世に聴く在日コリアンの生活文化――「継承」の語り』(橋本みゆき編, 髙正子、柳蓮淑との共著, 社会評論社, 2021年)がある。