地域住民と共に対策を

(第17回) ヘイトスピーチ

地域住民と共に対策を

<『都政新報』2020年9月8日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban

(東京大学大学院博士課程 波多野綾子)

多文化共生社会の実現を考える際に、ヘイトスピーチの問題と向き合うことは避けて通れない。2016年5月、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ解消法)」が制定された。しかし、同法はヘイトスピーチを「許されない」としつつも罰則をもって違法化しておらず、また保護の対象も「本邦外出身者」に限定されている。国連で採択された人種差別撤廃条約の履行を監視する人種差別撤廃委員会においても、国や自治体がどのように具体的にこの問題に対処していくのかが注目されている(人種差別撤廃委員会、18年)。ヘイトスピーチ解消法は、国とともに地方自治体のヘイトスピーチに対処する責務も明示しており、行政の最前線で差別や排外主義の問題に取り組む自治体の役割は同法の下でますます重要なものとなっている。

関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式では、ヘイト団体に抗議する人々が集まった
=9月1日、横網町公園(墨田区)

ヘイトスピーチ解消法制定前から大阪市は反ヘイトスピーチ条例を制定して対処をはじめていたが、同法制定後にはヘイトスピーチに対処するための公共施設利用に関するガイドラインの策定や規則の改正が各地で続いた。また、様々な理由に基づく差別に対処するための人権条例も次々と制定されている(大阪府、高知市、東京都、東京都国立市、世田谷区、狛江市など)。

中でも際立って活発な動きを見せているのは川崎市である。ヘイトスピーチ解消法制定後に公共施設利用に関するガイドラインを先陣を切って策定した後、19年6月にはヘイトスピーチを「禁止」し、日本で初めて上限50万円の罰則規定を盛り込んだ「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例案」を公表した。同案は、活発なパブリックコメントや市議会審議を経て19年12月に可決、20年7月から全面施行されている。条例は、日本国憲法及び国際人権諸条約の理念を踏まえ、あらゆる不当な差別の解消を目指すことを目的として、不当な差別的言動の禁止の違反に対しては、勧告・命令・公表という3段階のステップで規制を行っている。違反行為に対して、市長は諮問機関である「差別防止対策等審査会」の意見を聞いた上で勧告を行い、更に違反行為が続けられた場合、「違反行為を行ってはならない」という命令を行う。さらにその命令にも従わなかった場合、氏名等が公表され、そのうえで罰則適用となるという仕組みである。多様な民族的ルーツをもつ人々が共生する川崎市は多くのヘイトデモのターゲットとされてきた背景もあり、このような一段と厳しい「川崎モデル」となったと考えられるが、既に相模原市でもヘイトへの罰則規定を盛り込む条例を検討していると報じられている。

ここで強調したいのは、「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」をはじめとして地域住民が川崎モデルの構築に果たした役割である。住民自治は日本国憲法下でも定められる地方自治の原則であるが、ヘイトスピーチの背後にある差別や偏見が社会的・歴史的文脈に埋め込まれていることを考えると、その規制の在り方の形成過程においてはヘイトの被害者を含む住民の参加・視点が不可欠である。川崎における条例制定過程への広範な住民参加は、まさに住民による住民のための地方自治を可能にするものであり、また、そのような過程を経て作り上げられたヘイトスピーチ規制を実効的なものにしていくことにもつながるだろう。

人種、国籍、民族、宗教、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障がい、またそれらが複合的に組み合わさる場合なども含め、差別や偏見の事由は様々であるが、世界中の多くの場所において、新型コロナ感染拡大で構造的な差別や格差が顕在化してきている。日本国内のみならず既に様々な対策がとられている海外の事例なども参考にし、オンライン上のヘイトスピーチを始めとする人権侵害に対する措置の実施や教育現場での効果的な啓発活動、救済措置へのアクセスの確保・促進など、形式的な啓蒙にとどまらない実質的かつ実効的な対策を自治体が差別当事者、専門家、住民などとともに積極的に進めていくことが求められている。その過程や成果を通じて、多様な人々が地域社会で共に暮らし、互いに学び、新しい価値を協働で創っていく、多文化「共創」社会の実現に近づくことができるだろう。

(東京大学大学院博士課程 波多野綾子)