国際レベルでの共生観念を

(第23回) 海外事情・アメリカ

国際レベルでの共生観念を

<『都政新報』2020年10月2日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban

(ニューヨーク州認定臨床ソーシャルワーカー・
多文化社会研究会ニューヨーク支部長 山口美智子)

1993年にニューヨークに渡って以来27年の月日を経た。その間、ニューヨークは二度の大きな試練を迎えた。2001年の貿易センタービルテロ事件と20年のコロナ感染で世界第一のホットスポットとなったことだ。ニュースでは9・11のテロ攻撃を「神風」と呼び、今回のコロナ感染を「パールハーバー」という表現を使っていた。どんなことも征服できるという自負を持つ米国にとって、その確信が覆された時に使う表現であろうと感じた。この二つの出来事を体験して気づいた事があった。ニューヨークは危機に直面すると市民が自然発生的に連帯し、自助システムを生み出すことだ。

9・11テロの際、事件後まもなくあちこちの街角で一般市民が街頭に立ち、復旧作業者が必要な物資の回収を呼び掛けている光景が見られた。ニューヨークの象徴ともいえる貿易センターが突然なくなってしまった喪失感は強く、同じ市民として悲しみを共有する家族のような連帯感が生まれ、優しい雰囲気であふれた。

二つ目はコロナ感染で世界一のホットスポットとなったことだ。3月の1週目あたりはまだ2桁台の感染者数で、報道では拡大の可能性は非常に低いとの予測を流していた。しかし、感染者数は3月2週目あたりから驚くべき勢いで増え続け、4月15日には市内で感染者数11万8302人、死亡者8215人、1日あたりで2千人以上の感染者と800人ほどの死亡者が増えていった。

「我々は一緒にCOVID-19をやっつける」という
メッセージのポスターが貼られている

国のコロナ感染対策に対する反応は両極端あったが、ニューヨーク市内では連帯感が生まれ、自然発生的に相互支援が行われた。私の住むビルでは一人暮らしのお年寄りに対して、声をかけ安全確認をしたり買い物などを申し出て援助し合っている。薬局やスーパーではお年寄りのために特別時間帯が設けられた。ロックダウンが始まった3月下旬ごろから、全市内で医療従事者のシフトが変わる午後7時になると感謝を示すイベントが自然発生的に始まった。窓を開けて鍋をたたいたり、拍手をしたり、「ありがとう!ニューヨーク」などと叫んでそれぞれが好きな表現で感謝を表すのだ。また、住民の掛け声で募金を募り、ビルの清掃や消毒作業を日々し続ける作業員一同に感謝の意を示しつつ謝礼金を授与するイベントも行われた。しかし、連帯や協力とは相反する現象も起きた。全米各地で3月上旬ごろから銃の購入数が50%以上増加したとの報道が流れた。アメリカでは自衛のために銃を所持することが憲法で認められている。前代未聞の失業者数と先行きの見えない経済の不安から自己防衛のために購入者が増えたのではないかという推測が報道では流されていた。

市内の感染者に関する分析がされ、貧困層が多く住む地域に重篤化や死亡者が圧倒的に多いことが明らかになった。貧困層と住環境や食生活、健康状態、医療保険、移民ステータスなどは深く関わるため、多くの犠牲者が出てしまう結果となった。トランプ政権となって貧困者の医療保険未加入者が増えたこと、違法移民に対する取り締まり強化が過去進んでいたため、医療援助を求められずにいる人々が多かったことも影響した。政府の政策や方針がいざという時にいかに国民、特に社会的弱者の安全と健康に多大な影響を与えるかを考えさせられた。救いだったのは、連邦政府の脆弱ぜいじゃくな介入に対し、州知事や市長がその穴埋めとなって奮闘してくれたことだ。

国内だけでなく国際的分断化を促す現政府の政策は、コロナ感染拡大に負の影響を及ぼしたことは明らかだ。過去数年、ヘイトクライムの顕在化と増加も顕著となった。個人が完全に独立して存在することはあり得ず、常に相互に影響を及ぼし合う存在であるとすると、ボーダーレスとなった今の時代は国内政策だけにとどまらず国際レベルにおいても共同と共生観念を基本とする政策を打ち立てることが究極的に個人レベルのみならず世界の平和、安全、幸福につながると思えてならない。

(ニューヨーク州認定臨床ソーシャルワーカー・
多文化社会研究会ニューヨーク支部長 山口美智子)