(第15回) 図書館の多文化サービス
全ての住民の学びのために
<『都政新報』2020年9月1日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban
(日本図書館協会多文化サービス委員会副委員長、
「むすびめの会」事務局 阿部治子)
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
ある留学生は、故郷が恋しくなるとこの短歌を思い出すという。その人にとっての「停車場」は、同郷が集う料理店と近くの図書館。区の職員に教えてもらい初めて図書館を訪れたとき、思わずうれしくて叫んでしまった。中国語で書かれた小説や日本のマンガが書架に並んでいたからだ。「図書館にいると異郷にいる孤独を忘れます」
一方、「図書館に行ったことはありません」という人も。ネパールから料理人として配偶者と来日。子どもが区立の小学校に通っている。簡単な日本語は話せるようになったが、子どもが学校で渡された手紙の内容がわからない。「日本語を学びたい。子どもにはネパールの言葉や文化を教えたい。図書館には私が読める本はありますか?」
4月1日現在、都内の外国籍住民人口は約57万人、区部では20人に1人が外国籍住民である。中国が約22万7千人と最も多く、続いて韓国が約9万2千人、ベトナムは約3万7千人、フィリピンは約3万4千人、ネパールは約2万6千人。このような多文化社会において、図書館の果たすべき役割は何だろうか?
日本の図書館の障害者サービスは「図書館利用に障害のある人へのサービス」という視点から、心身障害者、高齢者、非識字者、入院患者、施設入所者、施設収容者、外国人などが含まれるとされている。この場合の”障がい”とは「図書館側の障害」として捉え直す必要があるとされ、外国人等へのサービスは「障害者サービスの一分野」として発展してきた。
2012年に施行された「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」では、「外国人等に対するサービス」を児童・青少年、高齢者、障害者、乳幼児とその保護者、来館が困難な者へのサービスと同様、公立図書館の基本的なサービスのひとつに挙げている。
このサービスは「多文化サービス」ともいい、民族的・言語的・文化的少数者である外国籍住民のほか、国籍は日本でもアイヌ、中国帰国者、帰化した人などを主たる対象としている。

15年に日本図書館協会多文化サービス委員会が実施した『多文化サービス実態調査2015報告書』によれば、回答のあった全国1182の公立図書館のうち、1019館が外国籍住民に対するニーズ調査について「事例がない」と回答。そのため、多文化サービスの課題として最も多かった回答も「地域の外国人ニーズが不明」(847館)という結果となった。
これより新しい調査としては、17年に都が実施した『平成29年度東京都区市町村の国際政策の状況』がある。都内の区市町村立図書館60館(1自治体につき1館として筆者集計)の8割が英語、6割が中国語、5割強が韓国・朝鮮語の資料を持っていると回答。一方、ベトナム語、タガログ語は各3館、ネパール語の資料を持っていると回答した図書館は1館と少ない。
09年に成立した「IFLA/UNESCO多文化図書館宣言」には「文化的・言語的多様性は、人類共通の遺産」であり、「すべての人が情報や知識に公平にアクセスできるという原則を守ることが、図書館サービスの基本」とある。
文化・言語的多様性を尊重した図書館サービスは、海外にルーツをもつ住民の母語保持や文化の伝承支援のみならず、日本のアイヌ語や各地域に伝わる歴史・文化や言語(方言)の保存・継承支援をも含んでいる。
筆者が関わっている、1991年に発足した「むすびめの会」(図書館と多様な文化・言語的背景をもつ人々をむすぶ会)は、全ての住民の学びを保障すべく様々な学習会を重ね、年4回発行の機関誌『むすびめ2000』は10月で112号を迎える。会に参加する公共・学校・大学・専門図書館員や研究者、出版関係者、国際交流団体職員、NPO、ボランティア団体、住民、留学生などとの協働により、新たに多文化サービスを始めた図書館も少なくない。
コロナ禍により生活苦に陥り、助けを求める人々が急増している中、異国の地に在留している外国人は孤独や不安を強く感じるだろう。そんなときに図書館での一冊の本との出会いが、その人の命をも救うことがあるかも知れない。今こそ図書館が全ての住民にとっての「安心の居場所」になるよう、多文化サービスの”はじめの一歩”を一緒に踏み出してみませんか?
(日本図書館協会多文化サービス委員会副委員長、
「むすびめの会」事務局 阿部治子)