ロンドン・ニユーアム区が目指す統合の形

(第26回) 海外事情・イギリス

ロンドン・ニユーアム区が目指す
統合の形

<『都政新報』2020年10月13日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban

(英国アングリアラスキン大学博士課程 大山彩子)

イギリスにおいて、多文化社会への取り組みは一般に統合(integration)と呼ばれている。32あるロンドン自治区の一つであるニユーアム区は、ロンドン東部に位置する。人口は新宿区とほぼ同じであるが、面積は2倍の大きさがある。住民の70%以上が外国にルーツを持っており、多民族都市ロンドンの中でも際立って多様性に満ちた住民構成となっている。また、英国内でエスニックマイノリティーと呼ばれるグループがニユーアム区ではマジョリティーであり、白人英国人がマイノリティーグループと呼ばれている珍しい地域である。

このような地域ではどのような統合が目指されているのか、地域のコミュニティーグループやNGOの代表者、区役所の職員などの地域の実践者たちに話を聞いた。彼らが目指す統合とは「国籍、民族、宗教に関係なく、みんながニユーアムコミュニティーの一員になること」であった。

区役所の職員からコミュニティーリーダーの一人として紹介されたキリスト教の牧師は「ニユーアムにおける統合とは、白人英国人社会に合わせること、あるいはキリスト教社会にあわせることではない」と語っていた。また、地域の実践者たちは区役所による統合政策を「異なる背景を持った人々が集い対話することを促進する取り組み」であると強調した。具体的には、単一の民族・宗教をテーマとした地域イベントへの助成が停止され、二つ以上のコミュニティーが関わるもの、あるいは誰でも参加できるイベントが奨励された。また、区の翻訳・多言語サービスが大幅に削減され、かわりに無料あるいは低額の英語クラスが増やされたことも、全住民が英語を話せるようになることを促進する政策として語られた。

全区民の交流促進を目的に年一度開催されるコミュニティーイベント。
パレードには区内の全小学校が参加する(筆者撮影)

こうした区の政策はメディアで批判的に取り上げられることもあったが、住民たちには支持された。実践者たちもこうした区の取り組みについて、「難しい問題ではあるが、正しい政策だ」「区は先進的な取り組みをしている」と語っていた。「英国人社会に合わせることではない」という統合を目指しているのに、なぜ英語重視の政策が支持されているのだろうか。

助成の停止やサービス削減が行われた背景としては、2010年以降の中央政府による緊縮財政政策の影響でニユーアム区が財源不足に苦しんできたことが大きな要因として挙げられる。しかし地域の実践者たちは、財源不足だけが理由ではなく、英語学習に公費を集中させることはニユーアムにとって必要な政策なのだと述べた。第一に、異なるコミュニティーに属している住民同士が集い、対話するための「ツールとしての英語」が必須だからである。ニユーアムには民族や宗教をベースとしたコミュニティーが多数あり、住民のほとんどはそうしたコミュニティーに属している。英語が話せないことによって、異なるコミュニティー同士が対話もなく分離したままでいることがニユーアムでは危惧されており、各自の属するコミュニティーを超えて住民一人ひとりがつながることが必要とされている。また、貧困地区としても有名なニユーアムにおいて「貧困から抜け出すための英語」が区の貧困対策としても重要視されていた。

なぜ区の取り組みが「先進的である」と認識されているかについては、彼らの語るニユーアム区の特徴の中に答えがあるように思う。世界のあらゆる地域から移民を受け入れてきた長い歴史を持つニユーアムでは、隣人たちがそれぞれ異なる言語を話し、異なる料理を食べ、異なる民族・宗教グループに属し、異なるアイデンティティーと考え方を持っている、ということが日常の風景であり、そうした多様性をニユーアムの強みであると語っていた。多言語であることを地域の誇りとするとともに、次の段階として対話のツールを重視する政策に移行したと認識しているのかもしれない。それが「ニユーアムが統合の分野において他の地域のどこよりも進んでいる」と語る理由と考えられる。

ニユーアム区では、異なる民族・宗教・言語を超えて対話し、みんながニユーアムコミュニティーの一員となることを目指すことによって地域の統合を実現しようとしている。

(英国アングリアラスキン大学博士課程 大山彩子)