【多読味読<95> 芹澤健介著『がんの消滅〜天才医師が挑む光免疫療法』新潮新書 2023年8月】
多文化研のみなさま
多文化社会研究会の理事・芹澤健介さんが、著書『がんの消滅〜天才医師が挑む光免疫療法』(新潮新書、2023年8月)を、このほど上梓されました。
内容と概要について、ざっとご紹介いたします。
『コンビニ外国人』や『となりの外国人』などでの移民問題(つまりは日本の社会システム問題)ルポルタージュや、雑誌「散歩の達人』などでの食材・料理の生活情報エッセイなど、芹澤さんは、これまであらゆる領域で縦横無尽に執筆活動をされてきました。
本作は、芹澤さんにとっても、まったく新しいジャンルとなる、医学分野の最新技術に関する著作です。
『光免疫療法』という、これまでの外科手術・放射線治療・化学療法とは全く異なる、「患者に浸潤がまったくない、安全で素早い治療法」を紹介し、この治療法の発見から実用化まで(まだその途上ではありますが)を、テレビドラマか科学小説のように、面白い読み物に仕立て上げています。

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「目次」
はじめに
第一章 光免疫療法の誕生
実験現場の奇妙な現象/光免疫療法の「発見」/光免疫療法の原理/標準治療/三大療法/「がんの消滅」/NIH──米国国立衛生研究所/39歳でのリスタート/〈ナノ・ダイナマイト〉/爆薬IR700/起爆スイッチ/スイッチのオン・オフ/〈魔法の弾丸〉/分子標的薬/ミサイル療法/9割のがんをカバーする/光免疫療法の真価/免疫はがんを殺せるか/制御性T細胞/〈免疫システムの守護者〉/「全身のがんが消えた」/偶然か戦略か/イメージングがもたらしたもの/“見る”ことと“治す”こと/光免疫療法への道/完璧な理論武装
第二章 開発の壁
資金の壁/誰と組むか/西へ東へ/三木谷浩史と父のがん/「おもしろくねえほど簡単だな」/1週間で3度の会合/RM -1929/治験の壁/施術条件の壁/ある同僚の死/効きすぎてしまった?/奏効率の壁/政治の壁/「ひとりの天才がいるだけではダメ」/辿り着いた国内承認/現場の医師より/光免疫療法ではない治療/「人生最後の山」
第三章 小林久隆という人
ノーベル賞はありうるか/「同世代のヒーロー」/医師で化学者で免疫学者/「まっすぐではなかった」道/謳歌した大学院時代/渡米ショック/学位論文/苦い教訓/どん底の研究生活/“医者”か研究者か/まともなことをしてるんやろか/年1500件の内視鏡検査/「がんこ」で「しつこい」/少年時代/灘の“化学の鬼”/京都大学へ/何かを見つけるための6年間/震災の記憶/日本のキャパシティ/骨ぐらいは拾ってやる/「無駄な実験なんてひとつもない」
終章 がんとはなにか
がんは難しい/セントラル・ドグマ/自己の分身/光免疫療法の未来
おわりに
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芹澤さんのスタイルは、伝統的なルポルタージュ作家の基本に忠実です。
「当事者とテーマを俯瞰する」
「当事者の懐に飛び込む」
「テーマの理解に必要な事前学習」
「一般人が”テーマと事象全体像の両方を理解できる道筋”を示す」
「”本質が何か”を、読者が最終行を読み終えた瞬間に理解できる構成」
このスタンスは、優れたジャーナリストの取材手法であると同時に、”優れた研究者の学習姿勢”にぴったり重なります。
これまでの芹澤さんの著作と、ちょっと色合いが異なる部分がありました。
それは「第三章 小林久隆という人」のパートです。
今回、この本のテーマの根幹は「光免疫療法」という、<画期的がん治療技術の発明>です。
この治療法の発見から実用化までについて調べれば調べるほど、発見者・小林久隆博士の人物と足跡を、「どうしても示したい」「小林氏の人生とこの治療法との全体性にこそ著述価値がある」と芹澤さんが感じたに違いありません。
単純な「偉人の礼賛」とはなっていない緻密な心理描写・状況描写と、読者それぞれへの敷衍化が可能な<人生哲学の啓示>が含まれていて、さすがの切れ味…と思わせます。
多文化社会研究会の理事の「多様性」を体現するかのような芹澤健介さんですが、この新著の反響次第では、全く新しい分野からのニーズが舞い込むに違いありません。
ぜひ、ご一読下さいませ。
多文化研 メディア班
増田隆一
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著者・芹澤健介さんからひとこと
がんは難しい病気です。病状も、進行のスピードも、術後の経過も人それぞれでまったく変わってくる病気なので、治療法もまた千差万別です。
けれど、多くの人は、がんに直面してはじめてその病気の複雑さや対処の難しさを知ることになると思います。
今回の本では、アメリカのNIH(国立衛生研究所)でがんの研究を続けてらっしゃる小林久隆先生への5年間の取材を通して「光免疫療法」という新しい治療法のことを紹介していますが、がんと向き合うすべての人にとって、少しでも役に立つような本になることを心掛けて書きました。
多文化研の皆さんを通じて、少しでも多くの方に読んでいただけたら嬉しいです。
芹澤健介
