「自立した社会人として生きる」

(第1回)生活者の日本語

「自立した社会人として生きる」

<『都政新報』2020年7月7日008面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban/

(公益社団法人「国際日本語普及協会」理事長 関口明子)

 20年以上、地元で日曜日にボランティア日本語教室を主催しているが、そこでは介護施設やお弁当屋で働く定住外国人が、日本で生きていくために熱心に言葉を学んでいる。緊急事態宣言の際にも地に足をつけてできることをし、家族や友人への思いやりを失わない。この先大きく変わっていくであろうこの国を共に支えてくれる、日本人にとって頼れる大切な仲間だ。

「生活者の日本語」=「日本で生きていくための日本語」というテーマとの出会いは1980年にさかのぼる。インドシナ3国(ベトナム・カンボジア・ラオス)からの難民受け入れが始まり、定住のための日本語教育が戦後初めての国の施策となった。その現場はAJALTの教師が担当し、私自身も大和定住促進センターで日本語教育主任を務めた。今日のように「生活者の日本語」という名称もない時代で、来日して一から生活を築く難民のためには、留学生を主な対象とする従来の言語教育とは異なる枠組みが必要だった。米国等移民先進国のESL教育(Teaching English as a Second Language)の例を参照しつつ、独自の方法の開発が始まった。インドシナ難民の後、現在の条約難民、第三国定住難民まで、以来、それは40年間継続されている。

その後84年には中国帰国者が90年には出入国管理及び難民認定法の改正により日系人労働者とその家族が、そして同時期農業男性従事者の配偶者不足の解決策として行政の協力のもと、アジアからのお嫁さんが急増していく。日本語教育界でも「生活者の日本語」という認識が高まった。また、この間、日本各地で近隣に住む外国人に手を差し伸べる人々により、日本語ボランティア教室が静かな広がりを見せた。

98年には文化庁が日本語支援活動をサポートする教材作成に着手する。委嘱を受けたAJALTで、私も責任者として24人の教師とともに企画、編集、執筆に当たった。2000年「リソース型生活日本語データベースシステム」https://www.ajalt.org/resourceをネット上で公開し、現在まで更新を続けている。20年間、これを基に地域の実情に合った教材が作られてきたのはうれしいことだ。


<生活に必要な103語を取り上げて、読み札と取り札(状況のわかるイラスト付き、漢字語彙のみ2種)を備えたかるた教材『おぼえてたのしい 生活漢字かるた』(2020年3月、AJALT刊)>

その後も文化庁から、「生活者としての外国人」に対する日本語教育支援として10年度には標準的なカリキュラム案教材例集、15年度にはハンドブックが提供されている。

今や「生活者の日本語」は日本語教育の重要な柱だが、改めてそれはどんな日本語なのか、私の考えの一部を述べる。
①自分自身の身を守るために必要な日本語=安全や健康に関わる標識や言葉が認識できる。例えば、<危険><立入禁止><火気厳禁><非常口><避難所>等の文字を見て、また「あぶない」「逃げろ」「飲めません」「触らないで」等の注意を聞いて、意味がわかり、すぐ行動できる。
②自立した生活のために必要な日本語=生活上必要なことが、日本語を使ってできる。例えば、氏名や住所欄に自分の名前や住所が書ける。ひとりでバスや電車が利用できる、自力で買い物ができる、など。
③社会参加、自己表現のためのコミュニケーション力に必要な日本語=少しずつ社会参加の場を広げていく。例えば、学校の保護者会に出席する。母国の料理を日本語支援者に教える、積極的に情報を得る、など。自立した社会人として母国での経験を生かし、文化、言語、価値観の違いから見えてくる貴重な視点、考え方を発信できる日本語力を付ける。

自立した社会人として社会参加し、母語と同様に思いきり自己表現ができる、まさに外国人が「日本で生きていくための日本語」だと考える。

このたびの世界的なコロナウイルスの蔓延は人類が本当の意味での世界平和のために協力し合っていかなければならないという神の警告だと感じる。国内に在住する外国人とも今まで以上に助け合い、今後の社会を共に創っていく頼りになる仲間として、十分に能力を生かせる努力が受け入れ側に求められている。グローバル社会の負の部分の経験をもとに新しい社会を国を超えて創っていかなければならない。

(公益社団法人「国際日本語普及協会<AJALT>」理事長 関口明子)