「気づき愛」は分断を防ぐ

かわむら・ちずこ=新宿区生まれ。慶応大商卒。博士(学術)。元新宿区多文化共生まちづくり会議部会長、移民政策学会理事など歴任。著書に「多文化都市・新宿の創造」、編著に「いのちに国境はない」(共に慶應義塾大学出版会)など。

大東文化大学名誉教授 川村 千鶴子

1969年、私は欧州からの帰国途中、エンジントラブルでカラチに降り立ち、砂漠地帯で餓死寸前の避難民の一群に遭遇した。手を差し伸べる子どもたちになすすべもなく、その場をジープで立ち去った。絶望と悲痛な視線を浴びて、全身に無力感が走った。その夜は一睡もできなかった。一体、何ができるのだろう。

世界で家を追われた難民の数は7950万人(2020年6月UNHCR)となり、最多を更新した。コロナ禍によって、貧困ライン以下の子どもが年末までに6億7200万人に達する可能性があるとユニセフは連携を呼びかけている。

いかにして社会の分断を防げるのか。80年代、新宿駅の路上生活者に鍋料理を運んでいたのはトンガ人留学生たちだった。「日本の国民総生産はすごい。でも果たして幸福だろうか? トンガ王国ではホームレス、過労死、孤独死する人はいない。みんなで料理を共にして笑顔を見て幸せを感じるんだ」

彼らの内発性と実践力はどこから生まれたのだろう。太平洋島しょ諸国を歩いてみると、偶発的な出会いと”気づき愛”から共創社会が広がっていた。

80年代に在日コリアン、難民、アジア・アフリカ・太平洋島しょ諸国の留学生、在住外国人と一緒に”Global Awareness”(気づき愛)というボランティア団体を創った。メディアに紹介され研究者も増えて、1989年に「多文化社会研究会(多文化研)」(https://tabunkaken.com/)となって30年が経過した。


創立30周年を迎えた多文化研が刊行した記念誌

多様な学びのプラットフォーム

心がけたことは①当事者の生の声を聴く②批判的な意見を堂々と述べ、異論・反論を歓迎する③地域から学ぶ姿勢CBL(Community Based Learning)④ライフサイクル(人生周期)に寄り添うの四つの方針だ。③では例えば、日本国憲法は人種による差別を禁止しているが、特定の民族の尊厳を傷つけるヘイトスピーチも横行する。「民族的差別撤廃法」など法規制があれば解決ではなく、自分の心に潜む偏見や隠れた差別意識を見つめ直す内省的な姿勢が生まれる。

そして、④が重要だ。長期的交流から利他的発想が湧いてくる。世代間サイクルから「生」と「死」の普遍性に思い至る。トランスナショナルな地域変容と世界への連鎖を可視化できるようになる。所得や学習歴、民族、健康、情報などの格差を可視化し、明晰化することが共創価値を生む。私たちは、世代間サイクルの負の連鎖と幸福格差の拡大が、社会を分断していることに気づいた。

継続するためには楽しみの時間も大切だ。多文化研ウォークでは世界の料理店、夜間中学、図書館、博物館、医療施設、宗教施設などに足を運び、多様性を実感し、多言語な「安心の居場所」を共創した。

家庭でも職場でも、工場や農家でも、公共施設でも安心の居場所は誰にでもできる。文化には優劣がなく、それぞれ固有の文化を容認し、尊重しようとするまなざしが共創価値を生み出すことができるからだ。

国家と国籍とは、国際法と国内法の関係は、市民とは、非正規滞在者とは、難民と無国籍、人間の安全保障とはなど、抗しがたい多元価値社会をひも解きながら30年が経過した。協働の時代、外国人技能実習生(現在41万人)も特定技能外国人も自由闊達に語り合い、助け合う市民としての内発性が雇用主に共創経営の理念を萌芽させる。技術を祖国に生かす希望が実習生に湧いてくる。

コロナ禍と複合的災害時にこそ、連携と持続可能な未来を志向する内発性が大事だ。リモートワークを駆使し、海外在住会員ともリモートラーニングが定着し、家族にも共創の理解が広がる。多文化共創社会は、日本人の多様性にも光を当て、障がい者、ひとり親家庭、被災者、困窮者、LGBTQ、高齢者、留学生、外国人労働者、難民、無国籍者など多様な人々と、隣人として責任ある市民として交流する。人権の概念を大切にし、異種混淆性と幸福度の高い社会を目指す社会である。

「幸せ」の国で社会統合

2020年、中長期在留者数は262万636人、特別永住者数は31万2501人で、在留外国人数は計293万3137人となり過去最高である。

ここで欠落するのが、外国にルーツをもちながら日本国籍をもっている人々の存在だ。社会統合とは、自国民と外国人との二項対立を脱して、相互に自律・自立して責任ある市民として共創・協働の社会をつくることにある。日本国籍をもち、外国にルーツのある人々に着目しよう。まずは、統計値をとることが先決である。そこに”気づき愛”が生まれるからだ。

7月6日、新宿四谷に「外国人在留支援センター」がスタートする。外国人の在留を支援し、受け入れ整備を総合的に効果的に進める拠点となるためには、well-being life(幸せ)につながる多様な”気づき愛”の場としても機能することが期待される。

多文化研(国内外約175人)は言語学、人口論、統計学、経済学、都市工学、教育学、社会学、メデイア論、医学、看護学、助産学、人類学、法学、国際政治学など学際的視座が交錯し、グローバル化を俯瞰的に捉える相乗効果を生み出した。手間暇かかる面倒な仕事を喜んで引き受ける会員が多いのは、そこに多文化主義の難しさや本質を発見できるからに違いない。多様性の相乗効果(MulticulturalSynergy Effects)とは、共に創る効果である。

多文化社会研究会の会員の提言が、多文化共創社会の実現を目指す「多様な対話と学び」の呼び水になると幸いである。

(多文化社会研究会理事長)

コロナ禍からウイズコロナの時代となり、共生社会の実現が一層求められている。次号から30回にわたり、「共生・協働のヒント! 多文化共創の社会へ」と題して、多文化社会研究会の国内外の会員30人に寄稿をお願いした。

(『都政新報』編集部)

<『都政新報』2020年7月3日006面より・都政新報社>