(第2回)やさしい日本語
「優しい」と「易しい」で
伝えることから
<『都政新報』2020年7月10日006面より・都政新報社>
https://www.toseishimpo.co.jp/denshiban/
(神奈川県立国際言語文化アカデミア教授 坂内泰子)
日本語母語話者が日常的に使う日本語を、難なく理解できる外国人(正確には国籍に関係なく日本語を母語としない人)は、さほど多くない。そんな人のために母語話者の日本語を、相手の日本語力に合わせて調整し、わかりやすくしたものが「やさしい日本語」である。「やさしい」は「優しい」と「易しい」 の掛け詞で、相手とわかり合うための優しい気持ちをもとに構文や単語、言いまわし等を易しくしたコミュニケーションの手法といえる。
そもそも「やさしい日本語」は阪神・淡路大震災の際に、外国人被災者への情報伝達が困難であったことを契機に研究者の取り組みが始まった。災害時の外国人への情報伝達のために生まれた「やさしい日本語」は、救援や復旧に携わる)全国の公務員やNPOなどに用いられ、現場の工夫が加わり、次第に平時でも活用されるようになった。筆者と関わりの深い神奈川県では、窓口業務や保健福祉関係の現場で都市部に限らず積極的に使われている。今では国からも外国人への伝達方法の一つに認められ、法務省では「在留支援のためのやさしい日本語」のガイドラインを検討中である。
阪神大震災以降、世界金融危機等による一時的な減少はあったが、在住外国人の数は増え続けた。この間、在留カードの創設やマイナンバーカード制度の開始といった大きな制度的変更があった。ともに多言語で周知が図られ、前者は日本語を含めた26言語での制度説明と6言語での具体的な切り替え案内が、後者は22言語での案内と6言語での詳細な説明が書かれ、参考として日本語が付された。そこで多言語と並べ置かれた日本語を両者ともに「やさしい日本語」とは呼びがたい。公的な情報をやさしく書き換えることへの抵抗があったのだろう。
ところが、この春の新型コロナウイルス感染症関連の情報提供では様子が一変した。厚労省をはじめとする政府、東京都はもちろん、 全国の自治体のホームページで「やさしい日本語」が用いられ、そこから感染防止の注意や検査や受診、生活支援等の案内が展開された。見出しだけを易しくして、その後は国や自治体国際化協会などへとリンクした自治体もあれば、首長からの呼びかけを「やさしい日本語」で載せた自治体もあった。「やさしい日本語」の相談窓口も非常に多い。民間では動画と「やさしい日本語」を併用しての発信も行われた。

<「やさしい日本語」で外国人に周知した都のホームページ>
東京都は、従来からホームページでは自動翻訳などの多言語の配慮がなされているが、コロナウイルス対策サイトの「都内の最新感染動向」での「やさしい日本語」化は際立っていた。言語選択で「やさしい日本語」を選ぶと、相談窓口への案内は言うまでもなく、日々の感染状況を伝える多くのグラフや図表のうち、半数以上の解説が易しく言い換えられる。日々刻刻と変わる最新感染動向がわかりやすく提供されるのだ。ビジュアルな工夫も大いにわかりやすさに寄与し、それはリンクしている「支援情報ナビ」でも同様である。
内容が専門的、あるいは制度的な事柄であるために、原文のままの部分も残るが、誤解を招くような無理な言い換えは避けるべきで、何も「やさしい日本語」だけで押し通す必要はない。平易な見出しが情報共有の第一歩で、その後に自動翻訳や多言語相談員が控えていればよい。少しでも日本語がわかる外国籍住民に日本人住民向けと同じ情報を提供しようとする姿勢は、国籍を超えて「都民」の自覚と一体感を促すだろう。
今後、ITによる多言語翻訳は日々進歩し、文字として目に映る「やさしい日本語」も一層洗練されていくだろう。だが、対面して「やさしい日本語」で話せる人の存在はどんな時代にも欠かせない。優しい気持ちで、目の前の外国人の日本語力に合わせて日本語を調整しつつ、対話を重ね、理解を深め、そこに新しいものを生み出すことは人にしかできないからだ。相談担当でなくとも、「やさしい日本語」で対応するスキルが求められよう。
(神奈川県立国際言語文化アカデミア教授 坂内泰子)