ⅰ)改正出入国管理および難民認定法

安倍政権の「移民政策とは異なる」移民受け入れが始まる

石原 進

 2018年11月4日に召集された臨時国会で、政府は外国人労働者受け入れ・拡大の入管法改正案などを提出しました。野党が一斉に異論を唱え、「移民問題」が国会論戦で初めて大きな争点となりました。この「30周年記念誌」が出るころには、入管法改正案は与党の賛成多数で成立していると思われます。政府は併せて「外国人材の受け入れ・共生のための総合的対応策」を年内にまとめているはずです。安倍晋三首相は「移民政策とは異なる」と強調していますが、日本でも多文化共生の社会づくりが大きな政治課題となりました。
 こうした政治の新たな動きを目の当たりにして、10年前のことが頭に浮かんできました。2008年の自民党外国人材交流推進議員連盟(会長・中川秀直元幹事長)の取り組みがそれです。議員連盟は約半年の議論の末、6月に「日本型移民政策の提言」という文書をまとめました。それは自民党の政策に格上げされ、当時の福田康夫首相に提出されました。福田政権がまもなく退陣し、提言は「まぼろしの移民政策」となってしまいましたが……。
 この提言は、元東京入管局長の坂中英徳氏の「1000万人移民受け入れ」をモチーフに作成されました。私や明石純一さんら多文化研のメンバーも提言づくりに関わりました。「移民1000万人受け入れ」はマスメディアにも取りあげられ、大きな反響を呼びました。「反響」といっても、「移民受け入れ」へのブーイングです。議連の幹部には抗議の電話やメールが相次ぎました。私や坂中氏らが都内で開いた「日本型移民政策のシンポジウム」には右翼グループが押し掛け、ヤジを飛ばすなどして議事を混乱させました。
 その年の秋にはリーマンショックが世界経済を直撃しました。日本では製造業の現場で派遣労働者として働いていた日系ブラジル人らが相次ぎ職を失いました。政府は帰国支援金を出して彼らに帰国を促しました。30万人を超えていた日系人のうち10万人以上が失意のうちに日本を去りました。外国人労働者が「景気の調整弁」に使われていたことが鮮明にされました。しかし、そうした事態になぜか批判的な声は聞こえてきませんでした。
 リーマンショックが低迷し、外国人受け入れの「失われた10 年」が始まりました。景気を回復基調に転じさせたのはアベノミクスです。理由はこうです。アベノミクスの円安誘導が功を奏し国内経済が活性化し、人手不足が深刻になりました。このため「外国人労働者を増やしてほし」という大合唱が始まったのです。急テンポで進む人口減少によって地方経済は壊滅の危機にあります。中小・零細企業にとって、人材倒産を食い止めるための「救世主」が外国人労働者というわけです。地域創成のために外国人受け入れが必要だと考える地方自治体が急増しています。
 国民世論も「外国人労働者受け入れ容認」に大きく傾いてきました。数多くの業界団体が深刻な人手不足に歯止めをかけるため外国人労働者受け入れを政府・与党に要求しています。自民党内からは「業界団体の要望を聞かなければ、次の統一地方選、参院選に勝てない」との声が出ています。
 そうした「ご都合主義」で安倍政権は外国人受け入れ拡大に舵を切ったのです。外国人受け入れに反対している保守グループは安倍首相の支持層です。その支持層は安倍首相の決断に正面切って反対できません。そうした政治状況が外国人労働者の受け入れ拡大を可能にしたことは事実でしょう。皮肉なことに保守的な安倍政権だから、保守層が反対する「開国」に踏み切ることができたわけです。その決断は日本の産業構造、社会構造を大きく変える可能性があります。 
開国した際の最大の課題は、外国人受け入れ拡大に伴う共生社会をどのように作るか、ということです。政府は「総合的対応策」をまとめますが、臨時国会での与野党の議論を聞く限りは、政府の政策に大きな期待は持てそうにありません。とはいっても、外国人との共生社会をつくることは「国家百年の計」といも言える重要な課題です。
 外国人の日本語教育をはじめ、雇用や職業教育、医療・福祉などの環境を整備することが必要です。こうした分野に関する政策の立案には多文化研の会員を含む専門家や研究者らの知見が求められます。より具体的かつ一歩踏み込んだ議論が不可欠です。
 安倍首相は今回の外国人労働者受け入れ拡大について、「移民政策はとらないと」と繰り返し述べていいます。「ゲストワーカーだから移民ではない」という意味でしょうか。一方で菅義偉官房長官は「政府が一定の責任を持って、外国人が働いてみたい、住んでよかったという国にすることが大事だ」と踏み込んだ発言をしています。
 様々な議論が飛び交うなかで、「移民政策と異なる」移民政策が始まろうとしています。

(多文化社会研究会「30周年記念誌」より転載)