「クレア(自治体国際化協会)連携企画」

第Ⅱ部 扉 ビジネスと人権
 ―共創経営と「気づき愛」の連鎖―

大東文化大学名誉教授 川村 千鶴子

1.「ビジネスと人権に関する行動計画」の基本的な考えを理解しよう!

国際連合人権理事会では、2011年(平成23年)に「ビジネスと人権に関する指導原則」1 が支持され、日本政府は2020年(令和2年10月)に「ビジネスと人権に関する行動計画に関わる関係府省庁連絡会議」から「ビジネスと人権に関する行動計画」(2020年~2025年)2 を策定しました。これは次の5つの基本的な考えに基づく行動計画です。

(1)政府、政府関連機関及び地方公共団体などの「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上
(2)企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上
(3)社会全体の人権に関する理解促進と意識向上
(4)サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備
(5)救済メカニズムの整備および改善

 さらに分野別行動計画に基づき、「ビジネスと人権」に深い関心が寄せられています。投資においてもESG(環境・社会・企業統治)の視座が必要で、利益追求型から「持続可能」な経済活動のあり方が考えられてきました。人権デュー・デリジェンスの遵守をキーワードとし、国際人権の基準を尊重する企業活動を行っていくようになりました。グローバル資本主義の課題に取組むには、企業がサプライチェーン全体での人権侵害リスクに対応していくことが求められています。

2.パンデミック経験から、学んだことを大切に

新型コロナウイルスによる世界の累積感染者数は、2億4000万人を超え、493万人以上の尊い命が犠牲となりました(2021年10月現在)。尊い命の無念をどのように未来に活かしていけばよいのでしょうか? 経済・所得格差、学歴格差、健康格差、性別格差など様々な格差の要因が存在し、経済不況の不安の中、課題は山積し、格差の広がりは、児童労働が1億6000万人という現実と無縁ではないと思います。
 2021年2月1日、ミャンマーでは国軍によるクーデターが勃発し、その後1200人を超える市民が殺害され、多数の市民が不当に拘束されています3。 かつてアウン・サン・スー・チー氏が、来日の折、多数の滞日ミャンマー人に、「日本での経験を将来母国の教育改革に活かして欲しい」と熱弁されたことが忘れられません4
 タリバンが実権を掌握して2ヶ月を経たアフガニスタンでは1400万人が食糧不足となって冬を迎えようとしています。10月19日、日本大使館などのアフガン職員ら88人が日本に退避しました。共創する実践力と能動的対話力が必要とされますね。

3.企業内研修は、人権意識を育てる絶好のチャンス

 

多文化社会研究会は、企業活動と外国人雇用の実態を継続的に調査してきました。
 注目したのは、日本人と外国人が一緒に学ぶ企業内研修の充実です。緊急事態宣言中にも、技能実習生、留学生など若い世代と難民の人々が、学びの場、安心の居場所を主体的に共創していました。日本国内で、多様なルーツを持つ若者が民主主義を実感し、 憲法や国際法・国内法の概念を学び、個人の自由と生の保障の大切さを体感しているのです。そこに生まれる共創価値と相乗作用と世界に繋がる幸福の連鎖にも着目しました。それを「気づき愛」(Global Awareness)と呼んでいます。
 「ビジネスと人権」の根幹には、「気づき愛」の連鎖があります。
 さまざまな大企業、中小零細企業経営者は、自治体・医療・教育機関との共創・協働を推進してきました。人間の安全保障を基礎とし人権を尊重してきたからこそ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応し、企業を取り巻く環境や社会システムに内在する問題点について、さまざまな気づきを語り合うことができたわけです。

4.共創経営と「安心の居場所」の創造

多文化とは「差違の承認」です。多文化共創とは、文化的多様性を尊重するだけではなく、移民、難民、無国籍者、しょうがい者、一人親家庭、LGBTQ、高齢者など多様な人びとが主体性と責任をもって隣人として市民として積極的に交流し、行政とともに人権の概念を大切にし、異種混淆性に理解のある幸福度の高い社会を目指すことにあります。
 行政と企業と市民団体との連携、医療機関・教育機関とマスメディアの役割と影響が大きいことは言うまでもありません。労働基準法を遵守し、さらに地域に根ざしたビジネスと人権意識が息づくことが、日本社会の未来を展望させます。
 日本の労働環境を調べてみると、職業選択の自由、安全な職場環境はあるでしょうか?日本の管理職に占める女性の割合は12.8%です。過去3年に職場でパワハラを受けたことがある人は、32.5%。働いている人の65歳以上の割合は13%です。しょうがいのある人の法定雇用率を達成している会社は45.9%です。雇用されている人のうち非正規労働の割合は36.6%です。世界の都市人口のうち劣悪な大気汚染の影響を受けている人は、91%です。ビジネスと人権の問題は、外国人だけでなく日本人の問題でもあるのですね。ちなみに性的指向に基づく雇用差別を禁止している国は、世界で67カ国(193カ国中)です。5
 多文化教育の視点から人権を守るには、偏見や差別が自分自身の心の中に、無意識のうちに存在することに気づくことが必要だと思っています。

5.サバイバル・ストラテジーの獲得-キャリア形成とアイデンティティー

心理学者アドラー(Adler 1975:pp.12-23)の「カルチャーショックと適応モデル」では、人が越境を果たし新奇性に満ちた時期を通過し新しい社会に適応し困難に直面する時期は、移住後2~3年目としていました。6 アドラーは、移住者の心理的変容を「位相」(phase)という言葉で分析しています。
 第1段階は、国境を越えて異文化圏を体験するのが「接触の位相」です。異文化接触に好奇心をそそられ、興奮を覚え感動する段階です。やがて周囲は特別扱いしなくなり、生活に困難を覚える時期がきて、ホームシックや自信喪失、無気力になる第2段階の「崩壊の位相」がきます。企業は、外国人には、悩みを打ち明ける親密な関係性をもった友人が身近に少ないことに配慮する必要があるでしょう。いまではスマートフォンで母国にSOSを発している人も少なくありません。SNSの情報発信は人権意識にも影響を与えています。第3段階は、主体性を取り戻そうと努力する「再統合の位相」で、重要な段階です。励ましあうことが心を支えます。第4段階は、自文化と異文化の差異と共通点に気づき、両者の間の異同を正当と認め、落ち着きを取り戻す「自律の位相」です。第5段階の「独立の位相」では、文化の差異や共通点の評価に新たな意味づけもでき、キャリア形成から自己実現に向かうことが可能になるのです。複数の国に拠点を置いて回路を創出する選択肢もあります。第5段階、第6段階、第7段階と移住先を増やし、母国と往復するトランスナショナルな選択肢もあります。「定住」そして「永住」の展望は、実質的市民権の獲得に繋がっています。
 私は、長年、来日後の苦労の末、日本語習得を果たし起業に成功した難民のキャリア形成に寄り添ってきました。彼らは相互の信頼関係の蓄積を元にサバイバル・ストラテジーを伸ばしているのです。
 企業が、外国人への心理的安定に着目し、職場に学び語り合う「安心の居場所」 を創造することが大切です。技能実習生と話すと、アドラーが「人は第2の文化について適切な理解、それを操作する技能を感じ取り、自分の能力として身につけることができる」と指摘したように、周囲との円滑な人間関係を保ち、異文化である日本文化について自分なりの理解ができ自信を持つと、心理的安定感が出てくることが読み取れます。この人格特性は、環境に対する柔軟な対応力と適切な対応技術、つまりサバイバル・ストラテジーを伸ばしているのですね。

6.外国人雇用の成功と実質的市民権

多くの大学が、紛争地域から留学生を受入れる努力を継続していることは将来を考えるととても意義深いです。同様に日本の企業が、移民・難民の雇用を推進し、円滑な人間関係を構築することは、企業の発展にもCSRにも通じる社会貢献です。
 つまり外国人雇用の成功の秘訣は、「自律の位相」で、困難を克服し、越境社会でサバイバルできる能力を獲得できる点に着目することです。「独立の位相」は、実質的市民権と繋がっています。「独立の位相」を得て自律・自立した人は、移住先で洗練された対話的能動性をもち、スマートフォンとSNSを駆使して、情報を発信し、責任感をもって人権尊重が当たり前の地域社会を創造することに貢献しています。
 5段階の位相から、別の場所に越境し、移民の適応モデルがグローバルな地域社会に息づくこともあります。一方、企業と地域社会は、移民を受容し包摂して鍛えられ、人権意識を高めています。ホスト社会は移住者との遭遇を契機に協働・共創しようとする多文化共創能力を創出してきたのです。
 外国人労働者の受入れについては、とかく人口減少と労働力不足という視座からのみ議論されがちでした。非熟練と熟練労働者と家族移民、ケア労働、妊娠と出産など若い世代の「共創・協働」の接触領域に光をあててみませんか。一人ひとりの個性に着目し、異論・反論も自由に語れる雰囲気が重要です。なぜなら職場が「安心の居場所」であることが、「人権尊重」の基礎となるからです。留学生・技能実習生・ 特定技能人材・難民が社会貢献に活躍する内発性に光を当てると、2030年までの「持続可能な開発目標」SDGs(Sustainable Development Goals)の達成に意欲が湧いてきます。

7.未来に向けて 共創経営のビジョンを発信しましょう!

生育老病死に寄り添うライフサイクルの視座は、省庁横断的で総合的な外国人の人権を守る省庁の設立や基本法の必要性を感じさせます。日本が自信をもって内発的な共創社会へのビジョンを国内外に発信することが、さらなる共創経営の知恵を生み出す原動力になります。コロナ禍で医療施設、中小零細企業、福祉施設、学校や地域コミュニティが、いかにして危機を乗り越えたかを丹念に記録し、写真を撮ることは貴重な史料となります。多くの技能実習生が、たとえ母国の民主主義・民主化が危機的状況に襲われても、人権に根ざす「安全の居場所」と多文化共創の信頼関係を実感し、キャリア形成と自己実現に尽力している姿を見てきました。
 人類の移動と共創史を世代間サイクルに寄り添って紐解くことは、人間の叡智を学び、地球温暖化問題など共通課題に内発的に取り組むことに帰結します。「気づき愛」の連鎖が、対話力に説得力をもたらし、地球の分断を防ぐことになるのではないでしょうか。

1 国際連合人権理事会:ビジネスと人権に関する指導原則
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
2 外務省:ビジネスと人権に関する行動計画(2020年~2025年)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html
3 参考文献としてチョウチョウソーさんのコラムをご高覧ください。
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/115323.php
4 加藤丈太郎さんのコラムもぜひ。
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/115221.php
5 公益財団法人人権教育啓発推進センター:「数字で見る はたらく私と人権」
http://www.jinken.or.jp/archives/19403
6 Adler.P.S (1975)”The Transitional Experience: an Alternative View of Culture Shock”. Journal of Humanistic Psychology.15(4) pp.12-23.

参考 令和3年度経済産業省中小企業庁委託事業「企業におけるCSR・人権担当者向け実践講座」6「外国人雇用の道を拓く人権尊重の共創経営の知恵」講師:川村千鶴子(大東文化大学名誉教授)万城目正雄(東海大学教養学部准教授)
http://www.jinken.or.jp/information/jigyou/event/csr-kouza

著者プロフィール
川村千鶴子:大東文化大学名誉教授。博士(学術。総合研究大学院大学)。多文化社会研究会理事長(1989~)。特定非営利活動法人太平洋協力機構 顧問。東アジア経営学会国際連合産業部会。
『ともに働く 協働共創の価値~なぜライフサイクルの視座が必要なのか~』
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/publish/docs/DJweb_55_soc_02.pdf(英訳版)

経歴:大東文化大学環境創造学部教授、異文化間教育学会。国立民族学博物館研究員、日本移民政策学会理事、新宿区多文化共生まちづくり会議部会長、日本島嶼学会理事、日本オーラル・ヒストリー学会理事等を歴任。

~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~

~今月の一句~

  キンモクセイ 香り豊かに 気づき愛    
                                  川村 千鶴子

たがいに気づき合うことを、作者は「気づき愛」という造語にしています。異なる文化を持つ人々と接したとき、違いに気づくことはつきものです。この気づきを「気づき愛」に変えることが、金木犀の花の香のような、かぐわしさをもたらすに違いありません。写真に撮って俳句を創る「写真俳句」をお奨めします。芭蕉や蕪村の俳句とはひと味違った俳句が生まれます。